がんと向き合い生きていく

治療薬急激進歩も ほくろのがんは暴れ出すと手に負えない

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 悪性黒色腫とは、いわゆる「ほくろ」のがんのことで、メラニン色素細胞ががん化したものです。日本人の罹患率は白人よりははるかに少ないのですが、危険因子として紫外線への過剰な反復暴露があげられます。

 足の裏、爪などにできやすいのですが、顔、頭、四肢、陰部、果てはまれですが消化管など、どこにでも生じることがあります。皮膚にあることから発見しやすく、形が非対称、境界が不明瞭、急に大きく盛り上がってきた、色にむらがあるなどの場合は要注意です。皮膚科を受診されるのがよいでしょう。

 皮膚科では「ダーモスコピー」という特殊な拡大鏡で色調を詳しく調べ、診断確定には病変全体を切り取って病理検査を行います。ほくろの一部を引っかいて調べると転移を促すこともあるようで、悪性を疑う時は全体を切り取って調べます。

 転移の有無を調べる際は、胸部X線、CT、MRI、PETなどの画像診断機器が使われます。また、「センチネルリンパ節生検」という検査があります。初期の段階で、周りのリンパ節に転移していないかどうか、がんの場所から最初に転移すると考えられるリンパ節(センチネル=歩哨、つまり見張り番)を生検して調べる方法で、乳がんなど他のがんでも応用されています。センチネルリンパ節生検で転移が見つかった場合は、周りのリンパ節をできるだけ郭清します。

 主婦のBさん(58歳)は、「2カ月ほど前から右の頬のほくろが大きくなった気がするんです。もともと大きかったのですが、なんとなく飛び出してきたようにも思う」とのことで、まず自宅近くの皮膚科医院を受診、紹介されてきました。約1.5センチの大きさで、皮膚科で切り取って病理診断の結果、悪性黒色腫と確定しました。

 Bさんは元気そうに見えました。しかし、CT等の検査により、すでに肺と縦隔に転移が認められています。化学療法が適応とのことで、腫瘍内科に入院となったのです。「ダカルバジン」という抗がん剤を中心に化学療法が行われましたが、さらに病気は進行して脳に転移し、急激に胸水がたまり、心嚢(心臓を包む袋)にも及びました。

 呼吸困難を軽減するために胸水を抜く処置をしましたが、約700ミリリットル抜いたその胸水は墨のように真っ黒でした。その後も病状は急激に悪化、あれよあれよと進行していき、担当医としては「こんな悪いがんがあるのか」と思うほどでした。

 Bさんを担当させていただく以前の患者さんでも、転移のある悪性黒色腫は、出来たところは1センチほどの小さながんなのに、しばらくおとなしくしていても「いざ、暴れ出すと手に負えなくなる」という印象がありました。手術後の再発予防のため、インターフェロンも使用されてきましたが、抗がん剤が最も効きにくいがんのひとつです。

 しかし、最近はがんの遺伝子検査も出来るようになって分子標的薬が使われるようになり、治療薬は急激に進歩しています。BRAF遺伝子陽性例での「ベムラフェニブ」が認可され、抗PD―1抗体の「ニボルマブ」、抗CTLA抗体の「イピリムマブ」など、免疫療法として続々と使用可能になり、悪性黒色腫の薬物療法は大きく変わりました。今後も大いに期待されています。放射線治療においても悪性黒色腫は効きにくいがんとされていますが、粒子線治療が効くと注目されています。近年、脳に転移した場合は、ガンマナイフが使用されています。

 まれながんなうえ、転移のない場合は全体の切除によって多くは治癒しますが、転移があって暴れ出した時は最も急激に進行するがんのひとつです。いずれにしても、早期発見が大切ですので、心配な時は早い段階で皮膚科を受診されることを勧めます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。