天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

“条件が悪い”患者の手術は技量と経験、何より覚悟が必要

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「リスクが高いので手術はできないと、他の病院で手術を断られました。ここならば手術をしてもらえるでしょうか」

 このように当院を訪ねてくる患者さんはたくさんいらっしゃいます。

 そうした患者さんは、以下のようなケースがほとんどです。①かつて心臓手術を受けていて、再手術が必要になった②心臓疾患の他に糖尿病などの合併症を抱えていたり、腎機能障害で人工透析を受けている③高齢で全身状態が非常に衰弱している。いずれも、手術のリスクが大きい状態で、外科医が手術をするかどうか迷うケースといえます。そうした“条件が悪い”患者さんに対しては、リスクに立ち向かう覚悟がない外科医は手術を断る場合が多いのです。

 私の場合、多少なりとも患者さんの状態が安定していて、本人にもご家族にもこちらの説明をきちんと理解してもらえる状況であれば、ほぼ手術を行ってきました。

 もちろん、手術はできないと判断するケースもあります。たとえば、来院されるまでの間に認知症が進んでしまって、会ってお話をしても理解力や判断力が障害されている高齢の患者さんはどうしても難しいといえます。また後期高齢者で、手術を終えてから回復するまでの時間と予想される健康寿命の長さを考慮して、手術をしないほうがQOL(生活の質)を維持しながら自然寿命をまっとうできると判断した場合も、手術は選択しません。

 ただ、そうした特別なケースでなければ、ほとんどの患者さんを受け入れます。これまで、ずっとそうした姿勢で臨んできました。

 先にもお話ししたように、再手術、合併症を抱えている、高齢で全身状態が悪い患者さんは、手術の難易度が上がります。

 たとえば再手術の場合なら、前回の手術による癒着がひどく、臓器や血管が複雑にくっついてしまっているためスムーズに患部にメスを入れることができないケースも少なくありません。丁寧に癒着の剥離を何度も繰り返し、臓器損傷と不測の出血を起こさないような処理をしながら進めなければならないのです。

 合併症があったり、全身状態が悪い患者さんの場合は、手術によるダメージをできるだけ減らさなければなりません。心臓の手術が完璧だったとしても、持病が悪化したり、他の臓器にトラブルが起こるリスクがあるからです。術中の投薬を制限したり、出血量を減らすようにしたり、体温管理をより慎重に行うなどの対応が必要です。

 さらに、そうした患者さんは、少しずつ難易度が高くなる条件が3つか4つ重なっていて、総合的に非常に難しくなってしまっているケースが多いといえます。もちろん、患部の手術そのものが技術的にものすごく難しい場合もありますが、大抵はやや難しい条件がいくつも組み合わさっているのです。

 そのため、他の医療機関で手術を断られてしまった条件の悪い患者さんの手術は、メスを握る外科医だけでなく、看護師、麻酔科医、薬剤師といった手術室に入るスタッフ全員の高いチーム力が必要になります。

 そして何より重要なのは外科医のヤル気です。なんとかして患者さんを助けたい。「これやってみてダメだったら後はないぞ」という覚悟を持って手術に臨めるかどうか。そして、それを実現できるだけの技量と経験があるかどうか。条件の悪い患者さんを受け入れ、手術を成功させ、無事に回復させることができるかは、そこにかかっています。

 そうした姿勢を貫いてきたことで、結果的に条件の悪い患者さんが多く集まるようになりましたが、それだけ患者さんのためになっているということです。これからも、「この人を絶対に助ける」という強い思いを持って全力を尽くしていきます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。