天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

乳がん手術後に放射線治療を受けている患者さんのケース

順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 また、左脇の下のリンパ節もすべて取り除いていたことで左腕がむくんでいる状態でした。そのため、バイパスに使うための血管は、心臓の周囲からも左腕からも取れません。つまり、左半身の血管はすべて使えない状態でした。通常の場合、バイパスに使う血管は左半身から採取します。ほとんどの場合、執刀医は患者さんの右側に立ちます。右利きの場合、その方が操作をしやすく、モニターなどの機械類も執刀医が右側に立つことを前提に設置されているからです。そのため、バイパスに使うための血管の採取は患者さんの左側に立つ助手が行うのが一般的です。

 しかし、その患者さんは左半身の血管は使えず、右半身の血管で勝負するしかありません。助手には任せられない状況だったので、血管の採取からひとつひとつすべて自分で行いました。まずは右腕の橈骨動脈、次に右側の内胸動脈、さらに胃の周りの右胃大網動脈を採取します。そこからまた開胸して癒着を剥離してからバイパスを作り、弁をひとつは形成して、もうひとつは生体弁に置換。さらに、不整脈の改善のために心房の筋肉を切り刻むメイズ手術を行いました。手術はトータル10時間30分ほどかかりました。手間がかかる再手術ではなく、初回の手術でこれだけ時間がかかるのは極めて異例です。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。