また、左脇の下のリンパ節もすべて取り除いていたことで左腕がむくんでいる状態でした。そのため、バイパスに使うための血管は、心臓の周囲からも左腕からも取れません。つまり、左半身の血管はすべて使えない状態でした。通常の場合、バイパスに使う血管は左半身から採取します。ほとんどの場合、執刀医は患者さんの右側に立ちます。右利きの場合、その方が操作をしやすく、モニターなどの機械類も執刀医が右側に立つことを前提に設置されているからです。そのため、バイパスに使うための血管の採取は患者さんの左側に立つ助手が行うのが一般的です。
しかし、その患者さんは左半身の血管は使えず、右半身の血管で勝負するしかありません。助手には任せられない状況だったので、血管の採取からひとつひとつすべて自分で行いました。まずは右腕の橈骨動脈、次に右側の内胸動脈、さらに胃の周りの右胃大網動脈を採取します。そこからまた開胸して癒着を剥離してからバイパスを作り、弁をひとつは形成して、もうひとつは生体弁に置換。さらに、不整脈の改善のために心房の筋肉を切り刻むメイズ手術を行いました。手術はトータル10時間30分ほどかかりました。手間がかかる再手術ではなく、初回の手術でこれだけ時間がかかるのは極めて異例です。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」