がんと向き合い生きていく

いまの「ホスピス」は入院が長くなると退院を勧められる

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 がんは痛むのか? 死ぬとき苦しむのか? がんであってもなくても、いつか死ぬのは仕方ない。でも、痛みだけはなくして欲しい――。誰しもが思うことです。

「緩和ケア」は、日常生活上で支障となる身体的、精神的な苦痛を早期から軽減し、患者・家族の快適な療養を実現するために、がんと診断された時から切れ目なく提供されることが重要と考えられています。特に痛みに対しての薬剤の進歩は目覚ましく、呼吸困難やだるさなどの身体的苦痛に対してもいろいろな工夫が見られます。

 緩和ケア病棟(ホスピス)はそのための入院施設ですが、多くは「がんの治療はしない」とうたっています。実は、日本で最初にホスピスができた1980年ごろは、「効果の期待できる治療は、たとえホスピスといえども試みるべきである」と考え、がん治療を行う施設も存在しました。しかし、ここ十数年、診療報酬包括制度(検査、治療などにかかわらず1日の入院費用は同じ)になったこともあり、ほとんどの緩和ケア病棟では欧米と同じように抗がん剤治療などは行われなくなりました。

 独身で独居生活のPさん(58歳・男性)は食道がんが進行し、Zがん専門病院の外来で抗がん剤治療を受けていました。

 担当医からは「いまの治療が効かなくなったら、もう方法はありません。その時は3カ月の命だと思ってください。ホスピスを希望されるのであれば、今のうちに探した方がいいでしょう。紹介状は書きます」と告げられました。Pさんはめっきり食事量が少なくなり、だんだん体力が衰えてきていました。最期の3カ月をひとりで暮らすのは無理と考え、ホスピスを探してみることにしたのです。

■かつては治療も行われていた

 まずA病院のホームページで緩和病棟について調べてみたところ、入院の条件の中に「症状が軽減した場合には、退院または転院となる旨に同意していること」とありました。また、「多くの患者さんに緩和ケア病棟を利用していただくために、それぞれの患者さんの入院期間は平均16日程度と短くなっています」と記載されていました。

 次にDホスピスに電話してみると、施設の職員から「がん患者の苦痛を緩和する施設です。入院が3カ月以上になりますと、退院か転院していただきます。入院中に亡くなる方のみとりはいたしますが、本来はみとりをする施設ではありません」と言われました。

 ホスピスは最期をみとってくれるところではなかったのか? 在宅となると、訪問看護や往診の医師が来てくれても、ずっと誰かが居てくれるわけではない。今は、痛みもなく苦しくもないが、だんだん動けなくなってきた時、ひとりでどうすればいいのだろう……Pさんは不安になりました。

 そこで、通院中のZ病院の相談室を訪ねました。すると、「最近は、入院に対する考え方が変わったホスピスもあるようです。入院期間が1カ月以上になると診療報酬が下がり、病院の収益が減ってしまうのです。在宅では難しいですか? いつでも連絡できるコールを付けることや、24時間ヘルパーもありますよ」とのことでした。そして、「最期をみてくれる病院や有床診療所はいかがですか?」とアドバイスを受けました。

 Pさんはその後、食事が取れなくなって有床診療所に入院しました。幸い、今は安心して過ごせているとのことです。

 ある緩和関係の医師は、「がん終末期の患者は、亡くなる数日前まである程度ご自身のことができている方が多く、在宅は可能だと思います。また、80%の方は自宅での最期を希望されているのです」と言います。しかし、希望と個々の現実は違っていて、しかも今は独居の方が多い時代です。ホスピスでは、患者さんそれぞれの希望に沿って対応されていると思います。

 しかし、入院が長くなると退院を勧めるとなれば、患者さんの不安は募るばかりなのではないでしょうか。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。