天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

予想以上に血管が石灰化していた高齢患者をその場の判断で対処

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 外科医にとって難しい手術というのは、「制限される条件」が揃っている患者さんの手術です。たとえば、80歳以上の高齢者で腎機能障害などの持病があって、心臓発作で救急搬送された患者さんの緊急手術といったケースはリスクが非常に高くなるうえ、術中の判断も難しくなります。

 先日、不安定狭心症の発作を起こした84歳の患者さんもそうでした。緊急で冠動脈バイパス手術が必要でしたが、開胸してみると血管の状態がものすごく悪かったのです。バイパスを作ろうと考えていた血管がガチガチに石灰化していて、そのままではグラフト(バイパスとなる血管)を縫い付けることができません。他の病院であれば、カテーテル治療も行わないような状態で、手術をしてもおそらくかなり成績が悪いはずです。

 そういう場合、石灰化している部分を避け、比較的良い状態の部分を起点と終点にしてバイパスを作ればいいのですが、その患者さんは血管が見えづらく、良い状態の部分がなかなか見つかりません。そのうえ、最初にグラフトを縫い付けた部分の血管が予想以上にもろくなっていて裂けてしまいました。血管に部分的な石灰化があると、石灰化した部分と正常な部分の境目がずれやすくなります。そのため、非常にもろくなり、境目のところで血管がちぎれてしまうケースもあるのです。

 そうした状況の中で、なんとか石灰化が少ないところを見つけ出し、石灰化した部分を削って取り除き、グラフトを縫い上げました。全部で4カ所のバイパスを作りましたが、最初の1カ所で苦労したので、想像以上に状態が悪い部分もあるということを頭に置きながら、他はできる限り状態の良いところを探して処置を終えました。

 幸い、バイパスに使うための血管を長く採取することができたので、うまく対処することができました。ただ、もしもすべての条件が悪い方向に進んでいたら、ヘタをすると手術中に心筋梗塞を招いたうえに命を失ってしまいかねない状況でした。

 84歳という年齢はそれだけで手術のリスクがアップするということを考えると、まずは薬で少し症状を落ち着かせてから、その後で手術を行うという選択もありました。しかし、その間に再び発作が起こったら危険な状態になるのは間違いありません。さらに、この患者さんは、なるべく早く手術をして早くリハビリを始めたほうが回復の度合いも良好になる可能性が高いと判断して、緊急手術を選択したのです。

■緊急手術は想定外の状況に出くわす可能性が高くなる

 緊急手術というのは、術前に精密な検査を行えないまま手術を行うので、実際に手術をしている最中に「おや? こんな状態だったのか……」というケースに出くわす可能性が高くなります。「こんなところまで石灰化が進んでいるのか」とか「こんなところに血管があったのか」といったような想定外の状況に遭遇するのです。もちろん、その都度、対処しながら手術を進めなければなりません。

 そのうえ、患者さんが高齢者となると、さらにリスクは跳ね上がります。高齢者は心臓以外にも腎臓などの重要臓器や全身状態が弱っているケースが多く、そのうえ緊急手術となると死亡率は予定手術の10倍ほどアップしてしまいます。そのため、どうやって手術を行うか迷ったり、予想外の状況に出くわしたときにどう対処して乗り切るかなど、外科医の経験や判断力がより重要になってくるのです。

 中には、高齢なうえに栄養状態が悪いハイリスクな患者さんの緊急手術を安易に次々と実施している病院もあります。当然、成績は悪く、患者さんの死亡例が積み上げられています。あまりにも死亡率が高いため、外部から調査が入った病院もあるほどです。

 多くの医師は、なんとか患者さんの命を助けたいと考えて緊急手術を行っています。心臓病だと診断されている患者さんは、もしもの場合に備えて救急搬送してもらう病院を決めておくことも自分の命を守る手だてと言えるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。