がんと向き合い生きていく

腫瘍マーカーはがんそのものの状態を表すわけではない

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ
同じがんでも高くならない場合もある

 体のどこかにがんができると、血液の中にタンパク質などの特定の物質が増えることがあります。そうした物質は「腫瘍マーカー」と呼ばれ、採血検査でがんの診断や治療の指標になります。これは血液でなく、尿などのこともあります。

 ただし、すべてのがんで腫瘍マーカーが増えるわけではありません。たとえば、血液検査で「CEA」というマーカーが、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、その他のがんで異常に高い値となる場合があります。しかし、同じがんでも高くならない場合もあるのです。ですから、「値が低いからがんがない」とは言えませんが、「高い値が出た場合は、何かのがんがありそうだ」と考え、検査を進めます。

 腫瘍マーカーには多くの種類があり、主なものは、食道がん(SCC、CEA)、胃がん(CEA)、膵臓がん(CA19―9、CEA)、大腸がん(CEA、CA19―9)、肝がん(AFP)、乳がん(CA15―3、CEA)、卵巣がん(CA125)、前立腺がん(PSA)などがあります。

 患者さんの中には、「採血だけでがんが分かるなら、腫瘍マーカーを測定してほしい」と希望される方もいらっしゃいます。X線検査や内視鏡などの検診よりも簡単でよいと考えがちですが、現在の多くの腫瘍マーカーは早期がんではなかなか陽性になりません。つまり、腫瘍マーカーで発見されるのは進行がんのことが多い(PSA=前立腺特異抗原は別で、早期前立腺がんでも高くなる)ので、腫瘍マーカーだけでは不十分といえます。

 また、マーカーが高いがんでは、手術してがんが取り切れた場合は正常値に戻り、再発した場合は再度高くなるということがあります。マーカーが、正常値以上に上がってくると再発を疑います。急に上昇した場合は、予定外にCTなどで画像診断を行うこともあります。

 そのため、がんの手術を受けた後、定期的に採血で腫瘍マーカーをチェックしている患者さんはたくさんおられます。正常値の範囲内での変動でも、患者さんによっては大変気にされます。

 中には、再発はないのに正常値よりも少しだけ高い状態が続く方もいらっしゃいます。なぜそうなるのかは分からないのですが、患者さんも我々も心配しながら、定期的に経過を見ていきます。

 多くのがんでは、根治手術後5年経過してCT検査などでも再発がない場合、そして腫瘍マーカーの値の上昇がない場合は「治癒した」と判断します。腫瘍マーカーが高い値を示すがんでは、抗がん剤治療ではその効果の指標になります。治療が効いているのかどうかの目安に、腫瘍マーカーを月1回の採血でチェックしているのです。

 しかし、腫瘍マーカーの値が、がんの大きさをそのまま表すわけではありません。ですから、腫瘍マーカーが下がるのはいいのですが、どのくらい小さくなったか、消えたか、あるいは大きくなったかはCT画像などで判断します。腫瘍マーカーはあくまで指標であって、がんそのものの存在は、画像ではっきりさせるのです。

 がん性腹膜炎では、CT画像ではその効果の判断が難しいこともあります。胃がんの手術を受けた後、がん性腹膜炎を起こしたCさん(42歳・男性)は、時々、腹痛があり、腫瘍マーカーが次第に上がってきました。しかし、CT画像は前回と変化がなかったため、主治医は「いまの抗がん剤は効かなくなってきたようです」と薬を変更しました。その後、腫瘍マーカーは低下し、腹痛などの症状が消失したことで、Cさんは「あの時に抗がん剤を替えて、本当に良かった」と、主治医と共に喜び合いました。

 抗がん剤治療の効果の判定はあくまで画像で行いますが、腫瘍マーカー値を効果の指標にしている場合は、患者さんは腫瘍マーカー値に一喜一憂して過ごされます。結果が良ければ、Cさんのように担当医と共に喜べますが、悪い結果になってしまう場合もあります。 しかし、たとえそうであっても、患者さんは、医療者からの「一緒に頑張りましょう」「これからのことを一緒に考えましょう」といった言葉と、共に闘っている態度が欲しいと考えます。医療者として、忘れてはいけないことだと思っています。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。