独白 愉快な“病人”たち

漫画家・東海林さだお氏 肝細胞がんと闘い辿り着いた境地

手術では“レバ刺し1人前程度”を切除、転移はなかった
手術では“レバ刺し1人前程度”を切除、転移はなかった/(C)日刊ゲンダイ

 世の中に“病気自慢”の人は多くいます。でも、ぼくは風邪もあまりひかない、つい自分を過信してしまうような、年の割には健康な部類で、日頃から好きなだけ飲んで食べて、「ぼくの辞書には節制という文字はない」という日常でした。

 とはいえ、健康を気にしていないというわけでもなく、年に1度の人間ドックも欠かさず行い、3年前までは特に引っかかることもなかったんです。ところが、一昨年(2015年)の秋、突如として肝臓のがんマークが跳ね上がり、かかりつけの医者に「大病院で検査をしてもらったほうがいい」と言われました。検査の結果、「肝細胞がん」だと告げられました。

 そう言われて「ガーン」としない人はいないと思いますが、主治医はごく普通に病名を告げるんです。ぼくの知識では、がんだったらまず家族に知らせる。そして家族が本人をおもんぱかって隠すか告知するか決める……というシナリオがあったので、「どうやらそういう時代ではなくなったらしい」と思ったことを覚えています。

 肝臓の左上部に影があり、それががん細胞の疑いがあること。それを手術で切り取ること。手術したら転移している可能性もあるが、その場合、転移の範囲が広いと手術は諦めて抗がん剤や放射線の治療を考えること。そんな説明を受けました。主治医は温厚にして磊落な人で、冗談を織り交ぜつつ話をしてくれるので、気分的には助かりました。

 また、ぼくの手術は難易度をABCとした場合、「Bに近いAである」とも聞き、「どのくらいAに近いんだろう? AとBとの距離感は?」と疑問は湧いたものの少し安心しました。

■入院生活で気づいたこと「孫の手は必要」「ペットボトルが開けられない」

 そこから42日間の入院生活が始まりました。といっても、特に派手なことがあるわけでもなく、淡々と粛々とスケジュールをこなしていくという感じでした。

 まずは手術。日程を聞いても、家族も医者も何も言いませんでしたが、手術は11月13日の金曜日でした。病室で手術着に着替え、手術室には歩いて向かいました。当然といえば当然ですが、ノーパンです。人前でノーパンで歩くのはヘンな気分だなぁと思いましたが、これから大手術を控えている身。それを気にしても仕方がありません。

 名前を呼ばれ、手術室に入り、脊髄から全身麻酔を行いました。とても痛いと聞いていたのでビクビクしていたのですが、そうでもない。「これは今後、全身麻酔をする人に教えてあげなければ」と思っているうちに意識は途切れ、きっかり4時間後に目が覚めました。

「手術は成功!」と主治医に言われ、麻酔がまだ効いているせいか痛みもなく、腹部右側の全長40センチほどのL字形の患部を「なんでこんなところにこんなにも大きな傷ができたんだろう」と思いつつ、目を閉じました。

 肝臓のおよそ10分の1、159・9グラム。これはレバ刺し1人前程度に相当すると思いますが、それを切除したのみで転移はなし、胆のうも切らずに済みました。術後、痛みはそれほどでもなかったのですが、苦しかったのが呼吸です。エベレストに登ったことはありませんが、登ったらきっとこんな感じ? と思えるほど肺機能が低下して、1週間くらいは苦しかったですね。

 あと、病院内を歩いていたから脚力に問題はなかったものの、驚いたのは手の指の力の低下です。いつもなら普通に開けられるペットボトルのフタが開けられず驚きました。そして、孫の手の重要性に気づきました。なぜだかかゆい手の届かない場所が、孫の手によってスッキリする喜びは、入院患者なら誰でも知っている。病院の売店には、孫の手を置くべきです。

■この年になってやっと「節制」を覚えた

 退院後は、10日後、20日後、1カ月後、3カ月後と、段階的に分かりやすく体力も戻り、当初は3カ月に1度、CTや血液検査を受けました。現在は半年に1度の検査を続けています。これが1年に1度程度の検査になれば、ずいぶん安心です。

 病気をして、この年になってやっと「節制」を覚えました。糖分を取り過ぎない、冷たいものより温かいもの、ビールはノンアルコールに。いろいろ試してドイツのヴェリタスブロイが気に入っています。毎日8時間寝て、夜更かしもしない。おかげさまでゴルフぐらいは出来るようになりました。

 がんのような生死に関わるイメージの病気をすると、「なぜ、よりによって私が……」と不条理に感じたりもしますが、人生、なるようにしかならない。諦観の境地に至ります。それに、ほかの人の闘病記を読むと、想像以上に苦しい現状で頑張っている人もいる。ぼくなんて、まだまだ。本当に偉いなぁと励まされました。

「死」についての現在の夢は、眠りながらあの世に連れていってもらうこと。死んだことも気づかない状態です。それまでは、やっと覚えた節制に努めます(笑い)。

▽しょうじ・さだお 1937年、東京都生まれ。67年、「新漫画文学全集」でデビュー。文藝春秋漫画賞、講談社エッセイ賞、菊池寛賞受賞。2000年に紫綬褒章を受章し、01年にはサラリーマンの哀歓を描いた人気漫画「アサッテ君」で日本漫画家協会大賞を受賞した。人気エッセー「あれも食いたい これも食いたい」(週刊朝日)は連載30年超。近著に「猫大好き」「がん入院オロオロ日記」など。

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