天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

再手術を考えて「癒着」が少なくなるように終わらせる

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 前回、足かけ23年で3回、弁膜症の手術をした81歳の女性患者さんのお話をしました。弁置換術で交換した弁が経年劣化して、その都度、再交換が必要だったのです。

 弁を交換する手術自体は、3回目でもそれほど難しくはありません。とりわけこの患者さんの場合は、15年ほど前に行った2回目の手術の際、「おそらく3回目の交換が必要になるだろう」ということを想定していました。仮に3回目の手術をすることになっても、なるべく苦労しないように処置したのです。

 再手術でいちばん苦労するのが「癒着」です。心臓の手術では、一時的に心膜(心臓を覆っている膜)を切開し、再び縫って閉じる処置を行います。縫い合わせた部分は、傷が回復する過程においてどうしても組織同士がくっついてしまう癒着を起こします。臓器や血管が複雑にくっついてしまって、スムーズに患部にメスを入れることができないケースは少なくありません。

 そうした場合、癒着を丁寧に剥離しながら手術を進めていきますが、それだけ時間もかかりますし、技量も必要になってきます。癒着している部分とそうでない部分の境目はもろくなってしまうため、ちょっとしたことで血管が裂けて大出血を起こすケースもあるのです。

 3回目の手術を行った女性患者さんのケースでは、再手術するときになるべく癒着の範囲が小さくなるように、2回目の手術では切開した部分を慎重に閉じました。切開する箇所も前回と同じところにメスを入れあちこち傷めてしまわないよう処置を行い、極力、手術する前と同じような状態にして終わらせました。そのおかげもあって、3回目の手術も大きな苦労をすることなくスムーズに完了させることができました。

 といっても、その女性患者さんが特別なケースというわけではありません。どんな手術を行う場合も、常に再手術の可能性を頭に入れて処置しています。再手術を自分が行うにしても、自分以外の外科医が行うにしても、なるべく再手術がやりやすい状態になるように処置を終わらせています。仮に自分以外が再手術するとなれば、どうしても自分より経験値が低い外科医が執刀することが多くなるでしょう。そうなった場合でも、患者さんが大きなリスクを抱えないようにするため、次の外科医になるべくいい形でバトンを渡すことを心がけて手術をしているのです。

 再手術をすると、前に手術を行った外科医の技量がはっきりわかります。切開の仕方や縫い方といった処置の仕方に差が出るため、患部の“荒れ方”が違うのです。うまい外科医が行った手術は、迅速に丁寧に処理しているので癒着の範囲が小さく、患部が傷んでいません。

 一方、ヘタな手術というのは患部が荒れていますし、一貫性がありません。何人もの医師が手術に加わり、まちまちなやり方をしている印象を受けます。たとえば、心膜を閉じるときにゴアテックスという人工心膜を使っている箇所もあれば、使っていない部分があったり、切開した右側と左側がまったく違う閉じ方になっているケースもあります。人工心膜も、上手な外科医が使うと癒着剥離がスムーズにできます。しかし、ヘタな人が使った場合は人工心膜そのものが臓器と癒着してしまうことが多いのです。

 中には、とんでもない事例があります。かつて大学病院で心臓手術を受けた男性患者さんが再手術のために来院されました。術前のCT検査をしてみると、小さな川エビのような影が写っています。「なんだろう?」と思いながら手術を行ってみると、その正体は小さなプラスチック製の鉗子でした。

 前回の手術で取り出し忘れたのでしょう。プラスチック製だから体に“悪さ”をしなかったのですが、これが金属製だったら危険だったかもしれません。術後、患者さんにそのことを伝えると、激高されていました。それも当然でしょう。

 心臓手術では、丁寧に慎重になりすぎて時間がかかりすぎてしまうのはよくありません。そのため限られた時間の中で“通り一遍”のことを確実に行うことが大切です。しかし、それがしっかりした通り一遍なのか、いい加減な通り一遍なのかによって、手術の“仕上がり”に大きな違いが出てくるのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。