天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

患者が改めて教えてくれたエビデンスに基づく手術の重要性

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 1997年、冠動脈バイパス手術の症例数が350例を超え、日本一になりました。それから20年がたち、心臓疾患の治療は大きく変わりました。

 画像診断機器や人工弁、人工血管といった手術で使う機材はもちろん、治療薬も劇的によくなっていますし、TAVIをはじめとしたカテーテルなどの内科的治療も格段に進歩しています。20年前に手術を行った患者さんも、そうした治療の進歩の流れにうまくマッチできている方は、いまも大きな問題はなく、元気に過ごされています。

 ただ、そうした流れに乗ることができた患者さんは、振り返ってみると、その時点で「よかった手術」を行っている場合がほとんどです。一方、当時「どうなんだろうか?」と考えさせられるような手術を行った患者さんは、治療の“賞味期限”がきて、再び具合が悪くなったり、大がかりな再手術が必要になるケースが散見されます。

「よかった手術」というのは、大規模データに基づいた、エビデンスにのっとった手術です。片や「どうなんだろう?」という手術は、少数の症例報告はあるものの、厳密にはエビデンスに基づいていないローカルルールで行われた手術のことです。かつては、「EBM」(evidence―based medicine)=「検証と根拠に基づいた医療」というものがそれほど認識されていませんでした。

 そうしたローカルルールによる手術を行ったケースの中で、いまもよく覚えている患者さんがいます。当時68歳の男性で、冠動脈が詰まった不安定狭心症と、右足の血管が詰まった閉塞性動脈硬化症を同時に起こしている患者さんです。一般的には、足の血管が詰まっている人は狭心症が出にくいのですが、その患者さんは同時に症状が表れていて、非常に逼迫した状況でした。

 心臓の冠動脈バイパス手術と、右足の動脈のバイパス手術が必要な状態で、当時の先輩医師からある治療法を勧められました。まず、長持ちすることが明らかな左内胸動脈と、“賞味期限”のある足の静脈を1本ずつグラフトとして使う2カ所の冠動脈バイパス手術を行い、同時に大動脈の付け根から長い人工血管を使ってそのまま体の前側を通し、足の動脈の詰まっていない部分までバイパスを作るという手術です。

■治療の進捗の流れに乗ることができる

 これは、本来の血液の流れを変える「非解剖学的バイパス術」というもので、一般的には行われません。しかし、胸とお腹を別々に開かずに済むので患者さんの負担が少ないという判断と、血流の大本の部分からバイパスを通せば血管が詰まりにくくなるだろうという考えから選択された方法です。

 手術は無事に終わり、症状も改善されて患者さんは退院されました。しかし、手術から12年後、その患者さんが80歳を越える頃に心臓と足に同じ症状が再発し、再手術が必要な状況になったのです。非常に動脈硬化が強い患者さんだったのですが、バイパスに使った左内胸動脈は太く成長していたものの、もう片方のバイパスに使った足の静脈は詰まっていました。さらに、右足のバイパスに使った人工血管も詰まっていたうえ、左足の血管も詰まってしまっていました。

 心臓の方はカテーテル治療が行われ、乗り切ることができました。しかし、足の方は両足ともバイパスを作り直さなければなりません。最初の手術で作ったバイパスはもう触れないため、今度はお腹を開き、腹部大動脈から両足の血管に、合計4カ所のバイパスを新しく作りました。前回の手術の影響もあり、とても大がかりな手術になってしまったのです。

 2度目の手術も成功し、足の脈もきれいに表れるようになりました。ただ、患者さんには大きな負担を強いることになりました。

 振り返ってみると、心臓の方は最初の手術でエビデンスにのっとったバイパス手術を行っていたので、狭心症が再発してもカテーテル治療で乗り切ることができたといえます。しかし、足の方はそうではなかったため、大変な状況下での再手術を招いてしまったのです。

 手術を行う際は、大規模データによって治療効果が確認されている、エビデンスにのっとった方法を選択しなければならない。

 その患者さんは私に、それをはっきりと教えてくれました。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。