気鋭の医師 注目の医療

乳酸菌を活用 世界初の経口薬によるHPV標的免疫療法を開発

日本大学医学部付属板橋病院の川名敬主任教授(左写真はイメージ)
日本大学医学部付属板橋病院の川名敬主任教授(左写真はイメージ)/(提供写真)
子宮頸がん 日本大学医学部付属板橋病院/産婦人科(東京都板橋区)川名敬主任教授

 若い女性(20~30代)のがんの中では一番多い「子宮頚がん」。年間約9000人がかかり、約2700人が亡くなっている。

 原因は「ヒトパピローマウイルス(HPV)」の感染。そのためワクチン接種で予防できる“がん”だ。

 川名敬教授は、HPVワクチンと子宮頚がん診療のスペシャリスト。2013年6月からHPVワクチンの積極的な接種勧奨が中止されていることに強い危機感を持っている。

「副作用とされた接種後の体の痛みなどの症状は、接種していない人でも起こることが分かっていて、ワクチンの安全性は国内外で再確認されています。積極的な勧奨が中止されたこの4年間の弊害は大きい。定期接種している欧米では約4年で子宮頚がんの前がん病変の発生が半減しています。一方、日本は主ながんの中で子宮頚がんの死亡率だけが増えています」

 本来、子宮頚がんの予防は2段構えになっている。

 まずは12~16歳の間に、予防ワクチンを3回接種する。ワクチンは子宮頚がん全体の約70%の原因とされる2種類のHPVに予防効果があるが、すべてのHPV(型)を防げるわけではない。そのため、20歳になったら2年に1回、子宮頚がん検診(粘膜細胞の採取)を受けることが推奨されている。

「欧米の受検率は70%台ですが、日本は20%台と低いのも問題です。ただし、検診はがんを予防できても前がん病変の予防にはなりません。前がん病変が早い段階で見つかっても、その治療法は『子宮頚部円錐切除術』という手術しかありません。この手術をした女性は、将来の妊娠時に早産になるリスクが約3倍高まるのです」

 川名教授がワクチン接種を強く勧めるのはそのためである。一方で、川名教授は長年かけて前がん病変を薬で治す「HPV標的免疫療法」を開発。今年度中に第Ⅰ相、第Ⅱ相の臨床試験を始める予定という。HPVを標的としたがん免疫療法は、これまでも海外で7つほど試験が進められてきたが、どれも実用化に至っていない。しかも、他の研究は注射薬だが、開発したのは経口薬。粘膜免疫を利用した標的免疫療法は世界初だ。

■ 免疫組織のない生殖器に代わって腸免疫を強化

「大半の人がHPVに感染しますが、がんにならないのは免疫で抑えているからです。免疫の働きが弱いと前がん病変ができるのです。しかし、生殖器には免疫をつける構造がなく、それを担っているのが腸免疫です。だったら腸へ免疫抗原を運んでやればいい。その“運び屋”に用いたのが乳酸菌です。乳酸菌の粉末をカプセルで飲むだけなので、副作用はほとんどありません」

 前がん病変の患者(17人)を対象に1日1回、20日間服用する臨床研究が行われている。その結果では、最も適量の1グラムを服用した10人中8人が手術を回避できるまでに改善。

 うち3人は20日間の服用だけで前がん病変が完治したという。

「免疫療法の有効性には個人差があるでしょう。治験を進めるとともに、今後はどういう人に効果が高いのか予測するコンパニオン診断の方法も考えたいと思います」

▽千葉県出身。1993年東北大学医学部卒。東京大学医学部産婦人科など勤務後、2003年米ハーバード大学留学。11年東京大学医学部産婦人科講師、13年同准教授。16年9月から現職。〈所属学会〉日本産婦人科学会専門医・指導医、日本婦人科腫瘍学会専門医・指導医など。