酷使や加齢で声帯が変化 しわがれた声は「注射」で若返る

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 健康長寿というと自由に動ける体のイメージがあるが、声のことを忘れていないだろうか? いくら体が若々しく見えても声がしわがれ、年寄りじみていては魅力は半減する。実際、男女とも異性に好感を持つ要素として声を挙げる人は多い。そもそも声が聞き取りにくければ会話は成立しないし、仕事もやりづらい。本人もそれを気にして引っ込み思案になりがちだ。これまでは治療法のなかった症状だが、いまでは注射で声は若返らせるという。世界で初めてこの治療法を開発した、京都府立医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科の平野滋主任教授に聞いた。

「高齢者の声は“弱くかすれた声”だといわれます。加齢で音量が低下し、スースーと息もれする声(気息性嗄声)も多い。音域が狭くなり、『高い声や大きい声が出ない』『声を出すと疲れる』と訴えるお年寄りもたくさんいます」

 声は呼気により声帯を振動させることで発生する。それには十分な肺活量、正常な声帯、それに口腔、咽頭、鼻腔による共鳴が必要となる。そのひとつでも欠けると声が変わってしまうが、加齢により最も変化するのが声帯だ。

「声帯とは喉頭の中にあって、左右一対のヒダの形をした粘膜を指します。声帯の間の空間を声門といいます。声を出すときは普段は開いている声門が閉じ、その間を空気が通る際、声帯が振動運動することによって音が出るのです」

 声帯の表面は粘膜上皮に覆われていて、1秒間に男性で100回、女性で200回、歌手では600~800回程度振動する。

「年を取ると、粘膜が硬くなり、振動が弱くなって、声が出にくくなったり、かすれ声になるのです。加齢で声帯がやせたことで声門が開きっぱなしになり、気息性嗄声になる人もいます」

 ではなぜ、声帯粘膜は硬くなってしまうのか?

「人の声帯粘膜は上皮と声帯筋の間に3層の粘膜固有層があります。その表層はヒアルロン酸が多く、中間層は弾性線維が豊富です。深層にはコラーゲンが多く含まれています。こうした構造は声帯粘膜に多数存在する線維芽細胞の産出物で支えられています。加齢などによりその機能が衰えたり線維芽細胞が死滅することで、コラーゲンがムダに蓄積されて声帯粘膜が肥厚し、ヒアルロン酸が減少します。そのことで声帯粘膜が硬く、振動しづらくなっていくのです」

 最近では加齢に加えて逆流性食道炎の影響で声帯がダメージを受ける人が増えている。

■もともとは皮膚の再生のために開発

 この状況を改善する方法が、褥瘡や皮膚潰瘍治療薬として使われている「フィブラスト」の声帯への注射だ。

「フィブラストは線維芽細胞を増殖する働きがあります。もともと皮膚の再生に開発されたもので、線維芽細胞を増加するとともにコラーゲンの正常化を促すとされています。実際、声帯の線維芽細胞にフィブラストを加えるとヒアルロン酸の産生が促進され、コラーゲン産生が抑制されることがわかっています」

 その効果は抜群で、これまで加齢により声に障害が出た患者に注射したところ89%の成功率を得たという。

「50代の男性教師や90代の政治家の患者さんはこの注射で声を取り戻して職場復帰されました。治療法は簡単で、表面麻酔をしたうえで、内視鏡で注射位置を確認しながら左右の声帯それぞれに0.1㏄ずつ注射するだけ。これを1週間に1回、4週行います」

 4週にわけずに1回の治療で済ませる一部医療機関があるが、平野教授はそれだと薬が定着しない可能性があるという。効果は早ければ1週間で表れ、1年以上持続するという。痛みはほとんどない。マレに声帯が腫れることもあるが、それもしばらくすると自然治癒する。

「声帯粘膜の萎縮が止まれば、声門が閉じて食べ物が肺に侵入することを防ぐという意味でも有利に働くのではないでしょうか」

 残念ながらこの治療には公的保険は使えない。すべて自費で、平野教授のもとでは4回の注射で30万円ほどだという。歌を歌ったり、新聞を音読するなど声のアンチエイジング訓練でも効果が表れない人は検討してはどうか?