前回、狭心症に対する冠動脈バイパス手術と、閉塞性動脈硬化症に対する右足動脈の非解剖学的バイパス手術を同時に行った患者さんのお話をしました。手術から12年後に大がかりな足の再手術が必要な状況になり、エビデンスにのっとった手術の重要性を改めて教えてくれた患者さんです。
逆の意味で、「EBM」(evidence―based medicine)=「検証と根拠に基づいた医療」の重要性を再認識させてくれた患者さんもいます。88年、私がまだ亀田総合病院でレジデントだった頃の患者さんです。
当時58歳の男性で、足の血管が腹部大動脈領域で詰まってしまい、足の血行が急激に悪くなって緊急で運ばれてきました。
そのとき、上司だった医師が不在だったため、私を含めた若手医師で手術を行いました。その際、手術の“教科書”に掲載されている通りに開腹して、腹部大動脈の詰まっていない部分から、足の動脈の詰まっていない部分にバイパスをつくりました。本来の血液の流れを変えない解剖学的なバイパス手術です。
手術は無事に終わり、足の血流もしっかり改善しました。
それから十数年後のことです。その頃、私は新東京病院に移って心臓血管外科部長を務めていました。ある日、自然気胸で入院されていた患者さんが私に会いたがっているというので、病室まで伺いました。話をしてみると、先にお話しした足の動脈のバイパス手術を行った患者さんの息子さんだったのです。
後日、かつて私が手術をした父親と再会しました。そのとき、「手術から10年以上経っても足はまったく問題ない。快調そのものだ」とお話しされていました。その後、その患者さんとは年賀状のやりとりが続き、手術から25年ほど経った頃に連絡をした際も、「足は問題ない」とのお話でした。患者さんは当時80歳を越えていましたが、それでもトラブルが起こらなかったのは、最初の手術で“教科書”に書いてあるようなエビデンスにのっとった解剖学的な方法を行ったからに他なりません。それが、いかに患者さんにとって良い治療だったのかを思い知らされました。
エビデンスに基づいた手術を行い、30年近く経っても何の問題もない患者さんがいる一方、エビデンスに基づいたとはいえない手術によって再手術が必要になった患者さんには、大きな負担を強いることになってしまいました。
この2人の患者さんから教えられたのは、患者さんの年代に応じて将来的なことまできちんと考慮し、治療を選択しなければならないということです。その患者さんがまた同じ病気を再発して苦しむ可能性がある治療ではなく、再発したとしても、その時点で大がかりな治療は必要ないまま天寿を全うできるような治療を行わなければならないのです。
さらに、外科医は自分が選択して行った治療のエビデンスについて、その後もしっかりフォローしていかなければなりません。手術をしたらそれで終わりというような“やりっぱなし”ではなく、自分の行った治療が、その後の世界の大きな治療実績の流れにどのように乗っているかについて、各自が検証していく義務を負っているのです。そして、それを次の患者さんに生かしていく。これが誠実な外科医というものです。
21年前、57歳のときに心筋梗塞を起こし、私が冠動脈バイパス手術を執刀した患者さんがいます。78歳になりますが、いまも“現役”の個人タクシーの運転手として活躍されていて、ゴルフに行く際に送迎をお願いしたこともあります。ご本人は「80歳までは現役でやりたい」とまだまだ意気軒高です。
外科医はエビデンスにのっとった誠実な治療を行い、こうした堅実なリフォームで得られた健康寿命を謳歌できる患者さんをひとりでも多く増やしていかなければならないのです。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」