がんと向き合い生きていく

本人に隠すのは昔の話 「がん告知」は時代によって変わる

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 昔から、がんは「がん=死」のように恐れられ、その告知については「死を知らせることは残酷である」と考えられてきました。20世紀の大半、1985年ごろまでは「がんという病名は知らせない」とされ、がんであることを隠し、どんな状況になっても「絶対に良くなる」「治るために頑張ろう」と言って治療してきたのです。

 その後、「乳がん」などの患者には分かってしまう“隠し難いがん”について、病名は告知するが、予後(治るのか? 治らないのか? どのくらい生きられるか)については知らせない時代がありました。85~2000年ごろまでが該当します。

 たとえば胃がんの患者さんの場合、担当医は患者さんが検査で別室に行っている間に奥さんを呼んでこんなやりとりをしていました。

「旦那さんは胃がんです。肝臓にも転移があります。ご本人にはどう話しましょうか?」

「夫は気が小さいのです。でも隠しきれないかもしれないので、胃がんであることは言っていただいて、肝臓転移は内緒にできないでしょうか?」

「分かりました。それでは、『胃がんですが、肝機能が良くないので手術は危険です。がんは小さいので薬で治療しましょう』と伝えるようにします」

 しかし、化学療法の効果がなかなか得られず、病状が進むと肝転移は大きくなり、お腹の外からも分かるように膨れ上がります。当時、CT検査の画像を患者さんの前で説明するようなことはしませんでした。ご本人は分かっていたかもしれませんが、自分から病状の悪化の理由を聞いてくることもありませんでした。

「医師は、患者に対して短い命であるようなことは告げない」というのが一般的だったのです。そして、患者さんは専門的なことは分からないので「先生にすべてお任せします」という時代が続いてきました。

 しかし、医療情報がテレビ、情報誌、インターネットと日常生活の場にあふれるようになりました。21世紀に入ってからは、患者が自分の病気を知り、医療行為、治療方法を自分で選択する。そして、より専門的な医療、先端医療を求め、医師、医療機関を自由に選択することが当然のようになってきました。

 つまり、患者の基本的な権利として、①個人の尊厳、平等、最善の医療②医療内容を知る権利③自己決定権④検証権(セカンドオピニオン、診療記録の閲覧)⑤秘密保持などが叫ばれるようになったのです。

 病気で苦しむのは患者自身であることから、患者自身の権利として「インフォームドコンセント」「真実を知る」「がんであることの告知」は、ここで当然のこととなってきました。また、かつての「がんであることを告げるか告げないか」の議論から、「いかに真実を伝え、患者をどう援助していくか=告知後に患者をどう支えるか」の議論に変わっていきます。

 医師に対しては、「告知はひとつの重要な医療行為であると認識することが大切。悪い知らせを伝えることの重圧感に負け、つい楽観的な見通しを伝えて不信感を生むことがある」と指導されるようになりました。そして、「『がんの告知は本人と同時に家族に説明することを原則』とし、先に家族に説明しないこと」(がん診療レジデントマニュアル=医学書院)となってきました。さらに、2005年4月から個人情報保護法が施行され、「病状は本人に話す。家族に話す時は本人の了解が必要である」とまで進んだのです。

 今でも、がんであることを先に家族に話し、本人にどう話すかを家族と相談する医師もいらっしゃるようですが、だんだんと先に患者本人に真実を話す医師が増えていきます。患者自身の病気、患者自身の人生と考えれば本人が真実を知らないことはあり得ないという考え方が一般的になってきたのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。