天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

大動脈二尖弁の再手術で考えさせられたこと

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「大動脈二尖弁」という病気があります。本来、3枚あるはずの心臓内の大動脈弁が2枚しかない先天性の異常で、日本人の80~100人に1人が該当するといわれています。といっても、弁が2枚だからといって日常生活に支障を来すわけではなく、そのまま一生を終えるケースもあります。

 しかし、2枚しかない弁の大きさや配置のバランスによっては、一方の弁にかかる負担が大きくなり、徐々に硬くなったり壊れるなどして、大動脈弁狭窄症や大動脈弁閉鎖不全症といった心臓疾患を発症しやすくなります。中には、10~20代で手術が必要になる患者さんもいます。

 手術では、大動脈弁を人工弁に取り換える弁置換術を行います。弁に大きな負担がかかると次第に心臓が肥大したり、心臓の働きが落ちて心不全を招きます。弁を交換することで、それらを食い止めるのです。

 交換に使う人工弁には、生体弁と機械弁の2種類があります。生体弁は豚や牛の弁などを人間に使えるように処理したもので、血栓ができにくいという利点がある一方、耐久性が低いデメリットがあります。機械弁は耐久性が高く頑丈ですが、弁の周辺に血栓ができやすく、術後は血を固まりにくくする抗凝固薬を一生飲み続けなければなりません。最近は生体弁も機械弁も品質や性能が格段に良くなりましたが、まだ一長一短があるといえるでしょう。

 ただ近年は、生体弁を勧めるケースが増えてきました。「TAVI」(経カテーテル大動脈弁留置術)という血管内治療が登場したことで、将来的に生体弁が劣化しても、再手術せずに新たな生体弁を留置することが可能になったからです。しかし、だからといって安易に生体弁を選択すればいいのかといえば、そうではありません。

■安易に生体弁を選択するだけではいけない

 先日、28歳の男性患者の弁を交換する手術を行いました。その患者さんは13歳の時に他の病院で二尖弁による大動脈弁逆流で生体弁に交換する手術を受けていました。15年経ってその生体弁が壊れてしまい、再手術が必要になったのです。

 子供の場合、交換した生体弁の“使用期限”は10年程度といわれていますから、よく持った方だといえます。ただ、1回目の手術では「なぜ、こんなことをやったのだろう?」と思わせるような処置が行われていました。弁の交換と同時に、大動脈を切開してパッチを当て、大動脈を広げる治療が施されていたのです。当時、患者さんがまだ子供だったことで、十分な大きさの生体弁に交換できなかったためにそうした処置が行われたのでしょう。これが“余計なこと”でした。その大動脈を広げる処置が行われた部分に細菌が取り付いて感染性心内膜炎を起こし、生体弁を破壊してしまったのです。

 1回目の手術の影響でやりづらさはあったものの、無事に新しい生体弁に交換することができて、心機能も改善しました。ただ、「将来的に生体弁が劣化してもTAVIを受けることができるから」という理由だけで、安易に生体弁を選択するケースについては、あらためて考えてみる必要があると感じています。

 生体弁に交換した場合、生体弁そのものに細菌が巣くって感染性心内膜炎を起こす可能性が一定の割合で存在します。そうなると、TAVIの対象ではなくなってしまうため、結局は再手術をして弁を交換し直さなければなりません。現在、将来的なTAVIを考慮して生体弁を勧めているのは、「感染性心内膜炎が起こらない」ことを前提にしています。しかし、弁を交換して感染性心内膜炎を起こす可能性はどの患者さんにもあるのです。

 最近は機械弁の性能もよくなっているので、抗凝固薬さえ飲めばトラブルを起こすことなく30~40年は持つケースもありえます。将来、起こりうるあらゆる状況を考慮して、患者さんにしっかりとインフォームドコンセントを行い、術式を考えて選択しなければいけない。そう、あらためて感じています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。