帰りの車の中で、「余命1カ月にサインさせるなんて……」と怒っていた奥さんに対し、Fさんは「もう、あの医者にはかからないのだから」と返したといいます。
医師が「余命1カ月」を淡々と患者に告げる。患者は「余命1カ月」と記された書面にサインする。そんな時代になったのでしょうか? 奥さんからその書面を見せられた私は、「『余命1カ月』にサインしたFさんは、その後の一日一日をどう過ごすのだろう。食事が普段の半分ほどしか食べられなくなっているのに『自分らしい日々を送る』なんて……。本当にそのようなことができるのだろうか」と思いました。Fさんは「夜は睡眠剤をもらっています」と寂しそうに笑っていました。
■患者と医師の関係が希薄になっているのでは
30年前まで、われわれが行ってきた「患者にがんを隠し、最後まで死を隠した」医療とは天と地ほどの差があるように感じます。あの当時、医師も家族も、患者本人に対して「がんを隠すこと、死を隠すことが最大限よかれと思って、それが最大の愛と思いやり」であると信じていました。私たち医師は病気が悪化しても死を話さず、「大丈夫、大丈夫」と言い続けてきました。
がんと向き合い生きていく