天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓手術を受けた後に心房細動が表れる患者が増えている

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 外科医として独り立ちしてから二十数年、あらためて実感しているのが、「心臓の手術を受けた人は、術後に心房細動になりやすい」ということです。

 これまでも言われていたことなのですが、術後に心房細動を発症したことによって、脈が出にくくなってペースメーカーを埋め込んだり、脳梗塞を起こしたり、脳梗塞を予防するために抗凝固剤を飲み続けなければいけなくなったり……そうした患者さんに外来で出会う機会がたくさんあるのです。

 心房細動は、心臓が細かく不規則に収縮を繰り返し、動悸や息切れなどの症状が出ます。長期間続くと心機能低下に伴って心臓内で血栓ができやすくなり、それが脳に飛んで脳梗塞を引き起こすケースもあります。心臓の働きが落ちてしまうため、もともと心臓が弱っていた人はさらに状態が悪化し、足がむくんだり、体重が急激に減ったり、心不全の症状を起こします。術後の心房細動を決して甘く見ることはできません。

 さらに厄介なことに、なかなか決定的な治療法がありません。利尿剤を増やしたり、塩分制限をしたりといった対処をするしかないのが現状です。ただ、心房細動は早期に発見すれば、循環器内科が行う「カテーテルアブレーション」という治療ができます。太ももや肘からカテーテルを挿入し、不整脈の原因となっている部分に高周波の電気を流して焼き切る治療で、完治も望めます。

 ですから、外科医は手術をするだけで終わりではなく、術後もしっかりケアを行わなければなりません。心房細動が見つかったら、早い段階で不整脈治療を行う循環器内科のチームに患者さんを委ねる必要があるのです。循環器内科との“キャッチボール”がますます重要になってきているということです。

■患者さんを追いかけデータの蓄積を

 心臓の手術を受けた後に心房細動が起こりやすくなるのは、手術で行う処置そのものが影響しているといわれています。とくに心臓にメスを入れる手術では心房に管を挿入するため、それが触れた箇所がヤケドの痕のような状態になり、不整脈の原因になるとみられているのです。

 一方で、心臓にメスを入れたにもかかわらず、術後に心房細動が表れない患者さんもいて、これはメスで切開した部分が大きく影響しています。たとえば僧帽弁の手術では、左心房の天井部分にメスを入れると、術後に心房細動を起こしやすくなるのです。そのため、私はそこを外した場所にメスを入れるようにしていますが、その場所の切開は、心房細動治療手術である「メイズ手術」の切開線の一部ということが後になって分かりました。

 また当然ですが、手術する時点で心房細動の既往があれば、術後にできるだけきれいな脈=洞調律に戻すことと、脳梗塞予防を目的として同時にアブレーションやメイズ手術を行うケースもあります。

 しかし、二十数年前はメスを入れる箇所によって術後に心房細動が起こりやすくなる場合があるということがよく分かっていませんでした。そもそも心房細動の外科治療そのものがまだ手探りな状況でした。そのため、その頃に心臓手術を受けた患者さんの中で、今になって心房細動が表れるケースが出てきているのです。

 心臓手術の進歩によって長く生きられるようになった患者さんは増えました。しかし、長く生きられるようになったことで、時間とともに異なる心臓の問題=心房細動が表面化し、新たな治療が必要な患者さんが増えてきたということです。

 心臓手術を受けた後の心臓トラブルに関しては、たとえば大動脈瘤は「一度、大動脈瘤ができた患者は別の場所にもできやすい」という大規模データが早い段階から報告されていました。

 しかし、それ以外の一般的な心臓手術では、そうした術後の大規模なデータはまだ十分に揃っていません。とりわけ国内には大規模データが少ない状況です。新たな医療へきちんと橋渡しするためにも、われわれ外科医は意識してしっかり患者さんを追いかけ、データを蓄積していかなければなりません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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