数字が語る医療の真実

人体実験のよるかっけの実証は慶応でなければできなかった

 島薗順次郎のいささかパッとしない「オリザニン」の臨床試験の2年後の1921年、東大から移って慶応大学の助教授となった大森憲太が、新たな実験を行いました。

 彼は東大時代に米ぬかエキスの大量投与によりかっけの治療を経験しており、慶応に移って間もなくオリザニンによるかっけの治療を行い、その効果を確認します。

 そのころすでに欧米ではこの「オリザニン」を「ビタミンB1」として同定し、食品中の含有量などが測定されていました。

 そこで大森は、オリザニン、つまりビタミンB1を含まない食事を取らせて、かっけが発症するかどうかの人体実験を計画したのです。

 その実験は自分を含む3人の健常者に2週間から40日間のビタミンB1欠乏食を取らせ、かっけになるかどうか観察したものですが、3人ともにかっけの症状の出現が確認され、ビタミンB1の摂取により症状が改善しました。これはそもそも症状が出たときにビタミンB1を飲ませればすぐに良くなるという確信がなければできない実験です。

 ここに、ようやく日本においてかっけの原因がビタミンB1欠乏だということが明らかにされました。

 この実験は、反東大の雰囲気のあった慶応だからこそできた実験だったともいえるでしょう。

 圧倒的な証拠を示したにもかかわらず海軍にあって無視され続けた高木兼寛、東大にあって委員を罷免された都築甚之助。皮肉なもので、それに比べれば貧弱なデータしか出せなかった島薗順次郎の臨床試験、効果があることが確信できなければ行えないような大森憲太の人体実験に至り、ようやく世の中は動いていくのです。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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