がんと向き合い生きていく

患者だけでなく一緒に暮らす家族にもケアは必要

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Zさんの夫(52歳)は悪性リンパ腫が再発し、化学療法を繰り返していました。担当医からは「治療で腫瘤が一時的に縮小しても、すぐに大きくなってくる。この病気は完全に消失しないことには厳しい」と言われていました。

 夫は化学療法直後の嘔気などの副作用で会社を休んだりもしますが、仕事では課長職を守り、頑張っていました。妻であるZさんには笑顔を見せることが多いのですが、Zさんはかえってそれが悩みを見せまいと無理をしているようにも思いました。

 もちろん、夫が頑張っているのは分かっています。しかしZさんは、自分がどうしたらいいのか、どうやって協力していけばいいのか、このままでいいのか、高校受験の息子にはどう話したらよいか、もし夫が亡くなったらどうすればいいか……といったさまざまな悩みを抱えていました。まさか、夫に相談することもできません。

 そんなある時、夕食をとっていた夫が「俺の口内炎がひどいのに、こんな辛いものを作って! 食べられない!」と怒りだしたそうです。これまで、料理に文句を言ったことなんてなかったのに……。Zさんはすぐに謝ったそうですが、いつも優しかった夫の豹変に戸惑ったそうです。

 その晩、Zさんは眠れず、翌日、治療を受けている病院の相談室に電話をかけました。担当者からは「決してあなたを怒ったのではないと思います。病気がそう言わせたと思ってください」とアドバイスされたそうです。

 患者本人の苦しみ、悩みはもちろんですが、一緒に病気と闘う家族の悩みも大変です。以前、精神科医が「家族ケア外来」を行ってくれたこともありました。患者と暮らしている家族のための相談外来です。悩みの多い家族にとっては、とてもありがたいことでした。相談に来られた家族で、うつ病と診断された方もいらっしゃいました。しかし、現実には人員の確保など、家族ケア外来を維持するのは病院としてはとても難しいようです。

■相談支援センターは家族の悩みも聞いてくれる

 こころのケアは患者本人だけでなく、一緒に暮らす家族にも必要です。臨床心理士の方が中心となって「こころの相談室」を行っている病院もあります。多くは患者本人が相談に来られているようですが、家族が直接相談に行くのも方法です。

 がん拠点病院では「がん相談支援センター」が設置されています。がん拠点病院ではない他の病院にかかっている患者でも、その家族でも相談に乗ってくれます。セカンドオピニオンとして訪れた患者の家族は、「夫が治療したくないと言い出した。家族はどう対応すればいいのか教えて欲しい」「義姉から民間療法を勧められて困っている」「夫の食欲が落ちてきた。同時に自分の食欲もなくなった」「子供にどう伝えればよいか」「自分がしっかりしなければ……」「自分は健康なのだから、自分のツラさを本人に訴えてはならない」など、たくさんの悩みを話されます。

 中には、長い間我慢し続けて、健康を損ねてしまう家族もいらっしゃいます。最近のがん医療は外来治療が主体となっていることから、一緒に暮らす家族の心の負担が大きくなっているのです。

 われわれ医師は、患者本人にばかり気がいって、家族の方にまで及ばないことも多々あります。ぜひ、患者家族を対象としたさまざまなケアを活用してください。

 介護している家族に休暇をとってもらうために、患者が入院する「レスパイト入院」というものもあります。相談支援センターや担当医に相談してみるのもいいでしょう。自宅に往診や訪問看護が来てくれている場合は、看護師に相談されるのもひとつの方法です。

 家族の看病や介護でツラいことがあるなら、ひとりで悩まず、誰かに相談したいものです。すぐに解決できなくとも、気持ちは楽になります。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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