愉快な“病人”たち

「おはよう」言えず 青木美保は発声障害から復帰に10年

活動休止中は酒屋さんでアルバイトも経験(C)日刊ゲンダイ

「あの歌声では放送できません」

 出演した番組のディレクターにそう言われたとき、自分としては凄く頑張ったのに、それと結果は別物なんだと思い知らされました。

 結局、放送は録音の音源に差し替えられてしまい、その出来事をきっかけに治療に専念することにしたんです。それが2000年の年末でした。復帰までに10年もかかってしまうなんて思いもしないで……。

 そもそもは、00年の年明けに風邪をひいて、咳が1カ月ほど止まらなかったことに始まります。咳が止まってからは思うように声を出せなくなって、震えるというか詰まるような感じで、音程が取れないどころか「おはようございます」の「お」がスムーズに出ないのです。

「痙攣性発声障害」という病名が分かったのは、01年から一切の仕事を休止して医療機関を受診し始めてから4年が経ったころです。それまでは、どこへ行っても「声帯に異常はありません」と言われて、判で押したように「精神的なことからきているかもしれません」と言われるんです。もちろん飴だのお茶だの、いいといわれているものは何でもやりました。でも、良くなる気配はまったくありません。

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