ずっとつらい痛みが続いているのに、検査を受けてもとくに異常は見つからない――。厚労省の調査によると、そんな「慢性疼痛」に悩む患者は全国に1700万人もいると推計されている。
痛みの原因となる病気やケガが治っているのに3カ月以上も長く痛みが続く場合、「慢性疼痛」と診断される。自覚症状としては、腰痛、肩痛、関節痛が上位を占めている。これらのつらい痛みが続くことで外出がままならない患者も多く、仕事や家事を休まざるを得なくなったり、入浴やトイレといった日常生活に支障を来すケースもあるなど、QOL(生活の質)は著しく低下する。
厚労省「慢性の痛み対策研究」のメンバーで、岡山大学病院整形外科/医療安全管理部助教の鉄永倫子氏は言う。
「慢性疼痛は、疾患や外傷による急性疼痛がきっかけになる場合がほとんどです。通常、炎症や刺激による痛みである『侵害受容性疼痛』は、治療や時間経過によって治まります。しかし、身体の障害を『痛み』として脳に伝える神経が誤作動を起こすと、ささいな刺激でも痛みを感じる『神経障害性疼痛』に移行して慢性化すると考えられています。さらに、痛みが続くことで痛みばかりが気になるようになり、不安や恐怖で症状が悪化する『痛みの悪循環』に陥っている患者さんも少なくありません」
■痛みと付き合う方法を考える
これといった痛みの原因が見当たらない慢性疼痛は、どうやって治療するのか。鉄永氏は多面的なアプローチが必要になると言う。
①「痛みゼロ」をゴールにしない
「たとえば脊髄損傷の場合など、治っても取りきれない痛みもたくさんあります。そうした痛みをゼロにしようと考えると、患者さんも周囲もネガティブになって悪循環に陥り、長引いてしまうのです。痛みをなくすのではなく、痛みとうまく付き合う方法を考える。『痛みがあってもできること』を増やしていき、最終的には社会復帰することを目標に設定します」
②適切な投薬を行う
痛みがあってもできることを増やしていくために、痛みを抑える薬の力を借りる。
「適切なタイミングで、適切な薬を適切な量だけ服用することが重要です。いまは痛み止めだけでもたくさんの種類があり、医師が正しく使いこなせていないケースも少なくありません。効果がない薬をずっと処方されていたり、中途半端に服用していたり、ドクターショッピングを繰り返し“薬漬け”になってしまっている患者さんもいます」
③体を動かす
薬で痛みを抑えつつ、多少の痛みがあっても体を動かすようにする。
「痛みがあるからといって外出せず、自宅でもあまり体を動かさない状態が続くと、慢性の痛みが長引くことがわかっています。痛くても歩いたり動いたりしてもらうと、痛みよりも行動に注意が向いて痛みを感じにくくなっていくのです」
病院で行われるリハビリだけでなく、日常的に毎日続けられる活動が大切だという。家事も立派な運動で、まずはそこから始めるのもいい。
「ストレッチやウオーキングなど、その患者さんがいまできる運動から始め、少しずつ運動量を増やしていきます。水泳を始めて痛みが改善した患者さんもいます。体を動かすことだけでなく、水着を選ぶ楽しみ、施設のスタッフや仲間とのコミュニケーションが増えるなど自分の居場所ができたことで、痛みを感じにくくなったのです」
④認識を変える
痛いと感じたときに、音楽を聴いたり、瞑想したり、ヨガをしたり、体操をしてもらう。痛みに対する目線を変え、「痛みのせいで何もできない」という認識を、「痛みがあってもやれることはたくさんある」という方向に変えていく。
慢性疼痛の治療は、そうした薬物療法と認知行動療法が中心になるが、周囲の協力も重要だ。
「家族など患者さんにとってのキーパーソンが慢性疼痛を正しく理解し、『痛くてもできたこと』をしっかり評価することが大切です。患者さんの自信につながり、できることを増やすモチベーションになります」
慢性疼痛に関する知識や、適切な治療を受けられる医療機関は、厚労省の「慢性の痛み政策ホームページ」で調べることができる。