体内の“炎症”を抑えれば重大病リスク減? 欧州学会で報告

医療に革命が起こるのか?
医療に革命が起こるのか?(C)日刊ゲンダイ

「がん」「心筋梗塞」「脳梗塞」といった命に関わる重大病の治療法が、近い将来、激変する可能性が出てきた。8月の欧州心臓病学会で心筋梗塞を起こした炎症反応の高い患者に自己免疫性の炎症疾患向けの抗炎症剤を与えたところ、脳梗塞や心筋梗塞などの心血管疾患の再発リスクだけでなく、肺がんの発症や死亡リスクが著しく減ったと報告されたからだ。世界の一流医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル」「ランセット」でも取り上げられた。

 これが本当なら、動脈硬化に悩む人だけでなく、肺がんに怯える人に朗報になる。東京大学薬学部非常勤講師で「武蔵国分寺公園クリニック」の名郷直樹院長に聞いた。

 今回、驚くべき報告を行ったのは米国「ブリガム・アンド・ウィメンズ病院心血管疾患予防センター」のポール・リドカー医師。研究は、心筋梗塞の既往があり、それ以前にがんと診断されたことがなく、炎症反応(CRP)が2㎎/L以上である約1万人を対象に行われた。

 このグループを4つに分け、それぞれ「カナキヌマブ」を50ミリグラム、150ミリグラム、300ミリグラムと、偽薬を3カ月ごとに投与したところ、心血管イベントを15%減らしただけでなく、300ミリグラム群では肺がんの発症率は67%、死亡率が77%も減少したという。

「今回の研究の狙いはアテローム性動脈硬化症患者を対象に、『カナキヌマブ』と呼ばれる抗炎症薬が心血管イベントの再発を減らすかを調査することです。背景には、脳梗塞や心筋梗塞の引き金となる動脈硬化の原因は持続的な炎症にあるとする『炎症説』の存在があります」

■重大病克服の糸口を得たのか?

 動脈硬化は、これまで肉などの脂っこいものを多く食べることで血管内に脂質が沈着して起こるとする脂肪沈着説などが唱えられてきた。しかし、血液内の脂質量を減らしても思うように脳梗塞や心筋梗塞が減少しないことや、これらの病気を発症した人からクラミジア、歯周病菌、ピロリ菌など慢性炎症を起こす細菌が多数見つかったこと、糖尿病など体内に炎症を起こす病気を抱えている人の発症が目立つことなどから「炎症説」が注目を集めていた。

「今回の研究結果はこれを裏付けるものです。実は、5年ほど前にも痛風治療に使われる『コルヒチン』と呼ばれる炎症予防の薬を1日0.5ミリグラム投与すると、急性心筋梗塞や非塞栓性虚血性脳卒中などのリスクを低下させることが米国心臓病学会誌でも報告されています。コルヒチンはスタチンやアスピリン以上の抗炎症作用があるとされています。今回使われた抗インターロイキン―1βは、それ以上の作用があると言われています」

 インターロイキンとは、リンパ球や単球、マクロファージなどの免疫担当細胞が産生する生物活性物質の総称で、免疫反応に関連する細胞間相互作用を媒介するペプチドタンパク性物質を言う。現在まで30種類以上が確認されていて、炎症反応に深くかかわり「炎症性サイトカイン」と呼ばれる。

「炎症反応は細菌やウイルスなどの感染源除去や外傷の修復過程に必要な生体応答で、サイトカインのネットワークが関与しています」

 これにより生体の恒常性(ホメオスタシス)が維持されるが、その均衡が壊れるとインターロイキンや腫瘍壊死因子(TNF)などに代表されるサイトカインが誘導され、慢性炎症が起きると言われている。今回使われた抗インターロイキンはそれを抑える働きを持つ。

 それにしてもなぜ、肺がんに効くのか? 

「肺がんはアスベスト、喫煙、あるいは他の吸入毒によって起きる持続的な炎症が原因であると考えられてきました。実際、動物実験などではインターロイキン―1βが、がんの進展に関与していることは示されていましたが、このインターロイキン―1βを阻害する薬が人においてがんを抑制したというデータが今回初めて得られたのです」

 もちろん、この先何度も検証され、研究されるべき話だが、人類は重大病克服の糸口をまたひとつ得たのかもしれない。

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