天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

川崎病の患者さんは若くしてバイパス手術を行うケースが

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 若くして心臓手術が必要になる場合に、比較的多くみられるのが「川崎病」の患者さんです。

 川崎病とは、主に4歳以下の子供に発症する病気で、全身の血管に炎症が起こります。まず、発熱、咳、鼻水といった風邪症状から始まり、急性期には全身に発疹が出たり、手足の指先から皮膚がむけたりする症状が表れます。急性期の症状は1~2週間で治まる場合がほとんどですが、その後、血管の炎症が起こった影響から心臓の冠動脈に「動脈瘤」ができるケースがあるのです。

 動脈瘤ができると、こぶの中に血栓ができて血管が詰まりやすくなったり、血管壁が厚くなって狭窄します。それによって、心筋梗塞を起こす可能性が高くなるのです。

 いまは「免疫グロブリン製剤大量療法」という薬物治療によって、冠動脈瘤の発生がかなり抑制されるようになりました。しかし、設備が整っていない地方などで初期治療がうまくいかなかった患者さんの中には、動脈瘤ができてしばらく経ってから、だんだん血管が詰まってくるケースがあります。そういう患者さんには、動悸や息切れといった自覚症状が出たり、検査で血管の狭窄が進んでいる場合、冠動脈バイパス手術が必要になるのです。

 カテーテルで血管を広げる治療も行われていますが、動脈瘤そのものが“悪さ”をしている場合はカテーテル治療の適用にはなりません。バイパス手術が一番確実な選択肢になります。

 動脈瘤が大きくなってきていて、そのままにしておくと破裂のリスクが高い状態の場合は、動脈瘤を取り除かなければなりません。動脈瘤ができている部分の血管を切除して、切り取った血管の端を縛り、それぞれの血管にバイパスを作ってつなげます。この時、もしも作ったバイパスに不具合があれば、その後もずっと問題を起こし続けることになりますから、責任重大です。

■女性の場合、術後の妊娠・出産も問題ない

 さらに、こうした川崎病の患者さんのバイパス手術は、比較的若い世代で行われることが多いので、なおさら精神的なプレッシャーがかかります。川崎病は乳児期に罹患することが多く、それから徐々に動脈瘤が大きくなっていきます。

 その後、小学生くらいになった時に動脈瘤が明らかになり、就職する年齢になったころに、手術を検討するタイミングを迎えるケースが多いのです。

 手術を行うとき、患者さんが高齢者と若年者では、考えることが変わってきます。たとえば、高齢者に比べて若年者の方が術後の人生が長い分、より耐久性が高く長持ちするような手術を行わなければなりません。

 また、患者さんが若い女性だった場合は、術後に結婚、妊娠、出産といった将来が控えているのが一般的です。川崎病でバイパス手術が必要な若い女性患者さんや親御さんからは、「手術を受けても妊娠や出産が可能なのか」と尋ねられることがほとんどで、必ずといっていいほど「子供に遺伝はしませんか?」という質問を受けます。

 川崎病は、まだはっきりとした原因が分かっていないのですが、遺伝する病気ではありませんし、伝染病でもありません。バイパス手術を受けた後で心筋の血流が回復し、問題なく出産して親となり、しっかり子育てされている患者さんばかりです。本人も定期的にかかりつけの医師を受診して、なんの問題もなく日常生活を送ることができます。

 当院でバイパス手術を行った10~20代前半の未婚女性だった川崎病の患者さんは、術後にみんな2~3人の子供をもうけています。心臓にトラブルが起こることもなく、母として強くたくましく生活されています。

 若くして川崎病でバイパス手術を受けることになっても、まったく悲観する必要はないのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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