天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

拡張型心筋症は治療を始めるタイミングが重要

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「特発性拡張型心筋症」という病気があります。心筋細胞が変性して、心臓、とりわけ左心室の筋肉が収縮する働きが低下し、左心室が大きくなってしまいます。

 そうなると血液を心臓からうまく送り出せなくなり、うっ血性心不全を起こします。急に激しい動悸や不整脈を起こして気を失ったり、突然死を招く場合もあります。

 厚労省の推計患者数は2万5233人で、私も過去に拡張型心筋症の患者さんを何人も診たことがあります。

 いまのところ、はっきりした原因はわかっていませんが、ウイルス感染がきっかけになるケースが多いと考えられています。コクサッキーウイルス、アデノウイルス、C型肝炎ウイルスなどが心筋にも感染して心筋炎を発症し、それが慢性化して心筋症になるのです。また、抗心筋自己抗体と呼ばれる自分の心臓を攻撃する抗体ができてしまう免疫異常や、遺伝による場合も見られます。

 拡張型心筋症は「特定疾患」に指定されている難病です。治療がとても難しく、決定的な治療法も確立していません。慢性の経過をたどる病気で、初期、中期、末期の段階があり、末期になると人工心臓または心臓移植手術しか治療法がありません。

■弁形形成術と心臓再同期療法で食い止める

 ただ、これまでの経験から、末期に至る前の段階で適切な治療を受ければ、進行を食い止めることができるケースもあるという印象です。拡張型心筋症の患者さんは、中期で心臓弁膜症の僧帽弁閉鎖不全症が表れ、肺うっ血を起こすことがあります。この段階でまずは僧帽弁の弁形成術を行い、血液の逆流を改善します。

 さらに、中期で不整脈=心房細動が表れる患者さんも多いので、心房細動を治療する「メイズ手術」や、近年効果が上がっている「心臓再同期療法」(CRT)を行います。ペースメーカーを使って左右の心室の収縮のタイミング=脈拍のズレを補正し、心臓のポンプ機能を取り戻させる治療です。

 心臓の機能は心不全を起こすたびにどんどん落ちていくといわれています。いったん心不全を起こすと心臓の機能が低下してさらに心不全を起こしやすくなり、再び心不全を起こしてさらに機能が低下……という悪循環に陥ってしまうのです。

 弁形成術と心臓再同期療法は、その悪循環を食い止めるための治療です。拡張型心筋症そのものを治す方法ではありませんが、その2つの処置を行うだけで、その後は心臓が大きくならずに縮まって、あたかも拡張型心筋症が治ってしまったかのように長生きする患者さんもいます。

 ただ、この2つの治療はタイミングが遅れると効果がガクンと落ちてしまいます。逆流や不整脈が再発して心臓も大きくなっていき、末期まで進行してしまうケースが多くなるのです。

 これまで繰り返しお話ししてきたように、心臓病の手術というのはあまり早い段階で行うのはマイナスです。

 しかし、拡張型心筋症だけは1度目の心不全を起こしたタイミングあたりでしっかり病状を評価し、弁形成術や心臓再同期療法といった治療を行うのが、患者さんにとっていちばん効果が大きいのではないかと考えています。正確な大規模データは出ていませんが、経験からそうした印象を持っています。危機的な状況に陥りながら、そこから劇的によくなった患者さんもいました。

 もっとも、だからといってこれらの治療はもちろん決定的なものではありません。拡張型心筋症は難病ですから、手術も何もまったく手出しができず病状が悪化していく人も珍しくありません。手術ができても一時的に回復しただけで、結局、また悪化していく場合もありますし、手術した後に自宅で突然死してしまう患者さんもいます。

 次回、ほかの治療法も含めて拡張型心筋症のお話を続けます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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