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多発性骨髄腫には治療をせずに経過観察で済むタイプがある

佐々木常夫氏
佐々木常夫氏(C)日刊ゲンダイ

 印鑑販売業のYさん(60歳・女性)は、健診で「貧血があるので医療機関を受診するように」と指示されました。しかし、昨年も同様の指摘をされながらとくに大きな問題はなかったため、放置していました。

 ところが、半年ほどたってから腰痛が表れ、立ち上がる時にいよいよつらくなってきたため、近所の整形外科を受診しました。すると、そこで「これは血液の病気」と告げられ、私が勤務する病院に紹介されてきたのです。

 血液検査の結果、貧血、総タンパクの増加、血清免疫グロブリンの異常タンパク(Mタンパク)を認めて「多発性骨髄腫」の診断となり、入院して精査することになりました。骨髄穿刺検査では、血液をつくる細胞が減り、形質細胞(骨髄腫細胞)が約50%を占めていました。

 全身の骨X線写真では、頭蓋骨、大腿骨に径3センチほどの丸い溶骨病変(パンチドアウト)を認め、他の骨にも多数、同様に大小の溶骨した所見がありました。

 Yさんは、担当医から「骨が折れそうな箇所がたくさんあります。注意して動くように」と言われました。しかし、入院の翌日に、その不安が的中してしまいます。朝食を食べようとして起き上がる際、右手をつくと激痛があり、かばって左手をついたら左手にも痛みが走ったのです。両腕の「病的骨折」(溶骨したところの骨折)でした。

 Yさんは両前腕を固定しながら、化学療法と放射線治療を受けました。5カ月ほどの入院治療によって病状は改善し、腰痛も減少、Mタンパク量の減少を認め、輸血によって貧血も改善したことで、その後は外来での治療となりました。

 しばらく病状は安定していましたが、3年後に再びMタンパク量が増え、帯状疱疹、発熱などで入退院を繰り返しました。そして診断から約4年後、両側の肺炎を合併して残念ながら亡くなられました。

■発病の年齢にはバラつきが

 運送業のCさん(55歳・男性)は、健診の採血で「異常タンパクがある」と指摘され来院されました。お元気で症状はまったくありません。採血では、血清免疫グロブリンの測定からMタンパクが認められた以外は特に貧血もありませんでした。

 骨髄穿刺による骨髄像では形質細胞のわずかな増加であったことから、無治療で経過をみることになりました。年4回ほどの採血検査、その後は半年に1回の検査でもMタンパク以外には異常を認めませんでした。すでに10年が経過し、なにも治療することなく元気で過ごされています。

 YさんとCさんは同じ多発性骨髄腫でしたが、その種類が異なっていました。血液の中には「免疫グロブリン」というタンパクが存在します。これはウイルスや細菌などの異物(抗原)が体内に侵入した時に排除するためにつくられる物質(抗体)で、体を守る大切な“武器”です。形質細胞は免疫グロブリンをつくる役割がありますが、形質細胞が腫瘍化すると役に立たない異常なタンパクをつくってしまいます。これが「Mタンパク」です。

 腫瘍化した形質細胞は骨を破壊して折れやすくし(溶骨病変)、骨髄では血がつくれなくなり(貧血)ます。さらにMタンパクが増えて、血液中で過粘稠度症候群、腎不全、高カルシウム血症などを起こす「症候性骨髄腫」(Yさんはこの病気でした)になると、全身化学療法による治療が必要です。また、感染にも弱くなります。

 一方、異常タンパクのみでタンパク量も少なく増加しない「無症候性骨髄腫」の場合(Cさんがこちらの種類でした)、多くは無治療で経過観察となるのです。

 発病の年齢にはばらつきがありますが、50~60代に多くみられます。タンパク電気泳動や免疫電気泳動によるMタンパクの有無、尿タンパク検査、骨髄検査、全身骨X線や全身CT検査による骨髄以外の病変の有無などで診断します。

 治療は、抗がん剤、副腎皮質ホルモン剤療法が長い間行われてきましたが、最近はサリドマイドや分子標的薬なども使われます。そうした薬剤治療でコントロールするのが主流ですが、65歳未満の患者さんは、完治させるために骨髄移植の対象にもなります。

 また、「症候性」の場合と「無症候性」の場合では病状や経過が大きく異なり、個人差もみられます。いずれにせよ、血液内科の専門医による診察が必要です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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