天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

高齢化で複雑になる緊急手術に備えて実践していること

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 好きだったお酒をやめてから3年半がたちます。やめた理由はいくつかあるのですが、いちばん大きい理由は「緊急手術」に備えるためです。

 近年、高齢化が進むにつれて緊急手術の中身も複雑になってきています。経験が少ない若手医師に任せて患者さんを救命できたとしても、術後に合併症を起こして長期入院になったり、亡くなったりするようなことになれば、患者さんにとってよくありません。また、そうなれば病院にとってもマイナスです。入院を待っている患者さんのベッドをひとつ占有することになるからです。

 米国で発表された論文で、「合併症の患者が多い病院は経営状態が悪い」というデータが報告されています。これを受け、同国の病院のゼネラルマネジャーの中には、合併症が多い病気の患者は引き受けない姿勢を示すケースも出てきました。当時の米国保険事情は国民皆保険制度ではないため日本とは背景が異なりますが、いずれにせよ合併症を減らすことは、患者さんにとっても病院にとってもいちばんよいということがあらためて明らかになったのです。

 こうした報告を見聞きしたこともあり、これまでよりも積極的に緊急手術に関わることに決めました。緊急手術が入ればいつでも呼んでもらって、サポートするチームと一緒に臨むようにしたのです。そのためには、しっかりした準備が必要になります。お酒をやめたのも、いつでも緊急手術に対応できるようにするためです。

 それまで、私が緊急手術に携わるのは1カ月で1回あるかないかくらいでしたが、今は多い時で週に1回、平均すると1カ月に2~3回ほど関わるようになりました。

 若手医師たちの間にも「いつでも天野を呼べる」という余裕が生まれ、緊急手術に対するチーム全体の対応が非常にスムーズになりました。それに伴って、当院の緊急手術の成績もよくなっています。

 緊急手術ですから、当然、夜間に入ることもあります。その場合、そのまま通しで翌日の昼間も勤務するというわけにはいきませんから、定時の勤務は若い世代の医師に任せることになります。時間外の手術が増えることで苦労も増えたのではないかと思うかもしれませんが、何より患者さんのプラスになりますし、自分の満足度も高いので苦ではありません。

■患者にも病院にもプラスに

 そうした緊急手術も含めて、院長業務として翌日に持ち越せないことがあれば今も病院で寝泊まりしています。

 忙しい時期には、帰宅するのは週末くらいです。土曜日は他の病院で手術を行うことが多いので、休日は日曜日だけになります。でも、1日休めればそれで十分です。

 毎日、自宅に帰って家族と一緒に過ごすことは、子供が小さい頃はその成長を目の当たりにできることもあり、リフレッシュになるかもしれません。

 しかし、子供が成人すると、自分もそうだったように不要な干渉はお互いのストレスになってきます。さらに、車なら交通渋滞、電車であれば人にもまれながら通勤するのは非常に苦痛です。

 また、私は食べたいものを食べるようにしていて、当然、出るものも出ます。人間はそうした自然なサイクルが妨げられると、大きなストレスを感じます。たとえば、朝からずっと会議が続き、食事もできない、トイレにも行けないなんて状況が続けば、ものすごいストレスを受けることになるのです。

 そうした状況から便秘になったり、頭痛が起こったり、場合によってはそこから生活習慣病になって、突然死につながる可能性もあります。過労死というのは、おそらくそうしたガマンとストレスが積み重なることで引き起こされるのではないかと思うのです。

 自分には自分のテリトリーのようなものがあり、その中で働くからこそ活躍できると私は考えています。そのテリトリーから逸脱してしまうと、ガマンが生まれ、それがストレスになる。だからこそ、しっかり手術の準備をするためには、常に自分がすべてわかっている環境に身を置いておきたいのです。自分にとっては、食事も仮眠もすべてが準備のひとつといえます。

 自分の守備範囲内でしっかり準備を整えておけば、皆さんが大変なストレスだろうと考える夜中の緊急手術でも苦にならないのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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