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乳がんの“遺伝子マーカー”で「手術不要」の可能性を判定

国立がん研究センター東病院/乳腺・腫瘍内科の向井博文医長
国立がん研究センター東病院/乳腺・腫瘍内科の向井博文医長(提供写真)
向井博文医長 国立がん研究センター東病院/乳腺・腫瘍内科(千葉県・柏市)

 乳がん治療は、手術によってがんを取りきることが基本になる。乳房を残すにしても、再建するにしても、女性にとって胸にメスを入れることは心理的にも肉体的にも負担が大きい。しかし、一部の患者は手術が不要になるかもしれない。その可能性を探っているのが、向井博文医長(顔写真)を中心とするチームだ。

 向井医長らは、手術をしなくても治るタイプの乳がんの見極めに役立つ「HSD17B4」という遺伝子を世界で初めて発見。今年9月から、この遺伝子が手術不要を判断するマーカーとして適切かどうかを検証する臨床試験を始めた。

 乳がんは、遺伝子解析によって4つのサブタイプに分類できる。着目したのは「HER2が陽性」(分子標的薬が効く)で、かつ「ホルモンが陰性」(ホルモン療法が効かない)タイプのがんだ。向井医長が言う。

「2012年の臨床試験(全国15施設、237例)で、分子標的薬と抗がん剤を投与し、その後、手術で摘出した細胞を調べたところ、半数の患者さんでがんが完全に消失していました。がんが消えた半数の違いは何なのか。人間の持つ約2万3000の全遺伝子を約5年かけて調べた結果、関連する『HSD17B4』が特定できました。この遺伝子が活性化していない患者さんは、がんが消失したのです」

■目標は2021年の実用

 現在進めている臨床試験は、別の臓器に転移のないステージⅠ~Ⅲの乳がん患者200人を対象とし、約30病院で2年かけて実施する。薬物治療(分子標的薬など)を3~6カ月間、加えて放射線治療を1カ月間行う。そして、手術で摘出してがんが消失しているか、遺伝子の活性化を調べてマーカーとしての有効性を検証するのだ。

「マーカーになることは間違いないとみていますが、100%の精度かどうかはまだ分かりません。臨床試験はこれで終わりではなく、次は手術をやらないで経過観察する試験を行います。通常、乳がんの手術後は年1回、マンモグラフィー検査をしますが、もっと綿密にやる必要があるでしょう」

 この“遺伝子マーカー”によって手術が回避できる治療法が確立できれば、もちろん世界初の事例となる。向井医長は2021年の実用化を目指している。

 現在、国内で乳がんと診断されるのは年間約9万人。うち「HER2陽性+ホルモン陰性」タイプの患者が占める割合は10~15%とされている。「HSD17B4」遺伝子が活性化しない患者の割合が約半数とすれば、遺伝子マーカーによって年間4500~5000人(全体の5%程度)の乳がん患者が手術を受けずにすむことになる。

「いま進めている試験は、あくまで突破口にすぎません。もっとも確実視できたのが、たまたま全体の5%を占める遺伝子タイプであって、他のサブタイプのがんも同様に調べています。別の部位のがんにも応用できるかが、これからの課題です。乳がんと性格が似ている卵巣がんなどは有望かもしれません」

 がんは切らずに治る時代に向かっている。

▽三重県出身。聖路加国際病院、国立がん研究センター中央病院を経て、2010年から現職。乳がん臨床研究グループ「CSPOR―BC」の代表。〈所属学会〉日本乳癌学会乳腺指導医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法指導医など。

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