天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

外科医にとって「自己管理」は不可欠な適性といえる

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 医師の仕事はカッコいいものではありません。重症の患者さんのために連日病院に泊まり込んだり、急患が入って休日の予定をキャンセルすることも日常茶飯事です。「24時間働いている」と公言する医師もいます。

 私も大学教授に選ばれた時から「心臓血管外科のリーダーとして常に病院の第一線に身を置いていなければならない」という考えを持ち、病棟当直医とともに手術とその後の管理にほとんどの時間を費やしていました。いまはチームが成長し、患者さんを任せても大丈夫な状況になっていますが、自身の業務が副院長、院長と管理に関わる内容が増えたことに加え、これまでと同じように手術も行っていることから、相変わらず普段は病院に寝泊まりすることがほとんどです。

 もちろん、だからといって私のような働き方を若い医師に求めてはいませんし、自分と同じことはできないだろうという自負もあります。

 今年8月、都内の病院に勤める男性医師が過労で自殺し、労災と認定されたという報道がありました。5月にも新潟の病院の女性研修医が自ら命を絶ち、過重労働が原因だと労災認定されています。医師の長時間労働はかねて指摘されている問題で、あらためて医師の働き方について議論が交わされています。

 医師不足や偏在など、いくつも要因はありますが、一方で「自己管理」ができない医師が増えているのも事実です。

■“流れ”に巻き込まれると悲劇に

 私が医学部に入学した70年代後半に比べ、いまは医学部の定員が増えています。同時に少子化によって同学年の受験者数が減ったことで、かつての20倍くらい医学部へ入学しやすくなっているのです。医学部の入学者は偏差値も下方に拡大し、裾野が格段に広がりました。こうした状況とともに、「なんとなく医者になりたい」といった漠然とした動機で入学してくる学生も増えています。

 医学部の定員が増えたのは、医師の数が足りないからです。地域偏在の問題もあって、地方は医師が少ないため一人一人の仕事が増えて忙しい。都市部は医師の数は多くても、先進的で高度な医療が次々に行われることで忙しい。結果的に地方も都市部も医者が足りないというのが現状なのです。

 そうした状況の中に、明確な志望動機を持たずに漠然とした考えで医師になった若者が飛び込んでくると、多忙な“流れ”に巻き込まれてしまいます。わけがわからないまま自己管理ができずに流され、場合によっては過労死してしまったり、自ら命を絶ってしまう悲劇が起こってしまうのです。

 プロスポーツの世界でも、まれに選手が突然死してしまうケースが起こります。

 ただ、その多くは大相撲なら十両や幕下、プロ野球やプロサッカーなら控えの選手で、幕内力士やレギュラークラスの選手はほとんど見当たりません。プロのトップクラスの選手たちは、自分の体力や健康についてきちんと把握しながら練習や試合に臨んでいます。自分がその負荷に耐えられるかどうか、しっかり適性をチェックしながら取り組んでいるから、最悪の事態に至ることが少ないのです。

 すべての医師とは言いませんが、とくに外科医はそうした自己管理ができなければいけません。厳しい言い方をすれば、自己管理ができない者は外科医の適性がないと言っていいでしょう。

 また、自己管理ができていない若手医師の中には、自己管理をうまく行い自信をつけて成長している先輩医師を見て、「自分も同じことができる」と錯覚しているケースがあります。これがプロスポーツの世界なら、成績が数字としてはっきり出るので、錯覚しているだけの者は振り落とされてしまいます。しかし、医師の世界は違います。基本的にはすべて公平に機会を与え、門戸も広くしています。

 ただ、振り落とされる者が少ない分、勘違いしたまま自己管理ができていない医師は、気づいたら取り返しのつかない事態に陥ってしまいかねません。

 働き方について考えると同時に、プロとしての自覚を明確に持ってしっかり適性チェックと自己管理ができる医師を増やしていくのが、いまの医療界の課題といえるでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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