天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「限られた時間」を有効に使う大切さを若手に伝えている

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 これからを担う若手の心臓外科医を育てるため、近年はできるだけ若手にチャンスを与えるように意識しています。

「自分にしかできない」という手術はもちろん私が執刀します。しかし、自分が執刀しなくても患者さんの予後(その後の生活レベルや健康寿命など)に変わりはないと判断できる場合は、患者さんと十分に話し合ったうえで若手に執刀を任せる機会が増えています。私も手術に立ち会って、若手が手術中の“チェックポイント”をクリアできない時には、そこから自分が代わって執刀し、しっかり手術を見せるケースもあります。物足りなさを感じることも少なく、皆よくやっていると思います。

 先日、北海道であった講演でもお話ししたのですが、若手には、「限られた時間」というものがすごく大事なんだということを言い聞かせています。

 外科医が手術を行ううえで大切なのは、「同じ治療をするなら素早く行う」ことです。次の患者さんが待っているわけですから、所要時間が短ければそれだけ多くの患者さんの治療に臨めます。

 自分の自由時間が欲しいなら、「速く、しかも仕上がり良く終わらせる」ことが重要です。そうすることによって、患者さんの回復が早くなるうえ、術後管理のためにかける時間を少なくすることができます。外科医が関わらなくても、その患者さんを担当している看護師や若手スタッフが対応するだけで問題ない状態になるように終わらせるのです。

 仮に、仕上がりがそれほど良くない状況では、看護師や若手スタッフでは手に負えない場面が出てきます。そうなると、外科医がずっと対応することになり、自分の時間をつくることができなくなってしまいます。

 つまり、「限られた時間」を有効に使うことを意識して、速く正確に仕上がり良く手術を終わらせることは、その患者さん、次の患者さん、そして外科医自身にとっても大きなプラスになるのです。

 また、「他の施設ではまだ行われていない治療を自分がやってやろう」といった功名心によって自分の治療を歪めてしまうと、外科医にとって最も重要な「トラブルなく患者さんを早く回復させる」という根本から遠ざかるだけでなく、まったく逆の状況を招くリスクも高くなります。すると、結果的に自分の時間をつくることもできなくなってしまいます。

■4つの要素がいかに手早くできるか

 私は若手に対し、そうした「限られた時間」を有効に使うことを意識しながら真剣に取り組んでそれを達成できれば、どんな“おまけ”が付いてくるのかということを見せるようにしています。勤務先以外の外科からのオファーが増えたり、講演や取材の打診が数多くあったりなどすれば、それだけ収入につながります。また、異業種の人と接する機会が増えることも人生の財産になっていきます。いまはそれを見せるだけでなく、実際に体験させる段階まできている若手もいます。

 速く正確に仕上がり良く手術を終わらせるためには、もちろん日頃から努力が必要です。

 外科医の手技というのは、ハサミやメスで「切る」こと、切れば出血するので「止血」すること、切ったところは縫わなければならないので「縫合」するという3要素で成り立っています。「切る」の延長には「剥離」があり、4要素といってもいいでしょう。この4要素をいかに手早くできるかが外科医の技量といえるでしょう。

 外科医として成長するためには、日頃の訓練に加え、1回の手術の中で、その4要素をいまの自分が速くこなせるところをいかに探すかが重要になります。先輩医師の手術に立ち会ってもボーッとしている若手は探すこともしません。一方、そういう場面に出くわしたら一生懸命に取り組む若手は、実技をどんどん覚えていきます。もっと経験を積みたいと思ったら、先輩を押しのけてでも、自分が任せてもらえる環境や時間を増やそうとします。そうやってトレーニング=自己研鑚というものは成り立っていて、経験とともに自分の守備範囲はどんどん広がっていくのです。

 いまは、自分で考えて試行錯誤しながら取り組む若手がものすごく減っているのが実情です。ただ、時代が変われば考え方や見方も変わるものです。いまの若手も、新しいやり方を見つけてなんとか乗り越えていくだろうと期待しています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事