貴ノ岩は50回も殴られたというが…頭部を強打で起こる“危ない異変”

写真はイメージ
写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 引退を発表した横綱・日馬富士から暴行を受けたとして、騒動の渦中にいる貴ノ岩。相撲協会に提出された診断書は「脳震盪、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」となっていて、灰皿やカラオケのリモコンなどで50回近く殴られたとされている。実際に硬いもので殴られるなどして頭に強い衝撃が加わった場合、甘く考えていると取り返しがつかないことになる。

 人間の生命維持をつかさどっている脳は、頭皮、頭蓋骨、3枚の膜(硬膜、クモ膜、軟膜)、髄液によって守られている。頭皮の外傷程度ならそれほど心配ないが、頭蓋骨にひびが入ったり、骨折するくらい強い衝撃を受けた場合、頭蓋内の膜や脳が損傷しているケースがある。最悪、命が危ない。

「くどうちあき脳神経外科クリニック」の工藤千秋院長は言う。

「頭を強打した直後に起こる重度の頭部外傷が『急性硬膜下血腫』です。外部からの衝撃によって脳の表面が損傷すると、血管が破れて出血します。その血液が脳と硬膜の間にたまって血腫となり、脳を急激に圧迫するのです。脳の損傷が強い場合が多いので、短時間で意識障害や昏睡が起こります。また、外部からの衝撃によって脳を覆っている硬膜が裂け、硬膜の動脈から出血した血液が脳と硬膜の間にたまるケースもあります。脳が急激に強く圧迫されると脳の損傷が進んだり脳幹が機能不全になり、死に至ることも少なくありません」

■直後はなんでもない場合も要注意

 急性硬膜下血腫だった場合、緊急手術で血腫を除去し、出血している箇所を止血する処置が行われる。しかし、どうにか命が助かったとしても、手足の麻痺や言語障害などの後遺症が残るケースが多いという。

 急性の頭部外傷には、ほかに「急性硬膜外血腫」がある。酔っぱらって転倒し、頭を強く打った。その後しばらくはなんともなかったが、帰宅後に意識を失って倒れてしまった――。こんなパターンが典型例だ。

「外部からの衝撃で硬膜の動脈が破れて出血し、頭蓋骨と硬膜の間に血がたまって血腫ができる頭部外傷です。脳の損傷はほとんどありませんが、血腫が増大して脳が圧迫されると、意識障害や麻痺などが起こります。そのまま放置していると、血腫が増大して脳が圧迫されて死に至るので、一刻も早く病院へ連れていくことが重要です」

 脳の損傷がなければ、早い段階で血腫を除去し、止血をすれば後遺症は残らない。とにかく早期治療が肝心だ。

 また、急性ではなく「慢性硬膜下血腫」にも要注意。頭を強く打った後、とくに異常のない状態が続き、2~3カ月たってから症状が表れる。

「頭を強打した時に脳と硬膜の間の細い静脈が切れてジワジワと出血し、徐々に硬膜下腔に血がたまって血腫ができていきます。そのため、時間がたってから、物忘れや気力の低下が表れたり、頭痛や吐き気などの症状が出てくるのです。高齢者に多く見られ、きっかけになった頭部外傷を忘れてしまっているケースも多い。ただ、血腫が増大すれば脳はどんどん圧迫されます。頭を打った時点では何ともないからと油断していると、命に関わる危険もあります」

 ほとんどの場合、局部麻酔でカテーテル手術を行って血種を除去すればすぐに治るという。頭を打ったときはしばらく注意を続け、何かおかしいなと感じたらすぐに脳神経外科を受診したい。

 持続的な頭部への衝撃が、「慢性外傷性脳症」(CTE)を引き起こす場合もある。ボクシングやアメリカンフットボールの選手など、脳震盪のような軽度の脳部外傷を繰り返したことで発症する疾患で、数年から数十年がたってから精神障害、認知機能の低下、パーキンソン病のような症状が表れる。

「頭を激しく揺さぶられたり、強い衝撃を受けると、脳は頭蓋骨の内壁にぶつかって脳震盪を起こします。すると、脳の神経細胞が傷ついて炎症を起こしたり、血流が悪化するなどして、脳細胞が傷つけられたり、破壊されてしまうのです」

 こうした研究報告を受け米国のサッカー協会は「10歳以下のヘディング禁止令」を出している。首の筋肉が未発達な子供は、頭部への衝撃に対してより注意が必要なのだ。

関連記事