「現状の体力では、(舞台の)完遂が厳しい」
そんな苦しさを吐露したファクスを報道各社に発表したのは、俳優の西郷輝彦さん(70)です。体力を奪っているのは、前立腺がんでした。6年前に診断され、全摘手術を受け経過もよく、順調に仕事をされていたそうです。しかし検査の結果、再発したことが分かり、治療を優先し、来年3月に予定されていた博多座公演の舞台を降板すると発表したのです。
前立腺がんと診断される人は1995年には約1万8000人でしたが、今年は約8万6000人と推計。3年後には約10万5000人にハネ上がり、胃がんを抜いて1位になると予測されています。今回のテーマは、急増する前立腺がんについてです。
前立腺がんは、治療せずに血液検査で経過観察する「待機療法」が選ばれることがあります。診断されたときから予想される寿命までの間に、生命を脅かすリスクがないと想定される場合に選択される“治療法”です。実際、亡くなった方を解剖すると、死因に関係しない前立腺がんが見つかるのは、80歳で4割に上ります。
ほかのがんに比べると穏やかながんですが、がんの“完治の目安”といわれる「5年」を越えて再発することが少なくないのも事実です。私の患者さんでは、最初の治療を終えてから10年たって再発したケースがあります。
全国がんセンター協議会のデータによると、前立腺がんの5年生存率は100%ですが、10年生存率は94.5%。わずかな差ですが、長い経過を経ての再発の可能性が見て取れるでしょう。
西郷さんは手術で前立腺を“全摘”されていますが、だからといって体内のがん細胞をすべて取り除いたことにはなりません。そもそもがん細胞は、診断される前も後も毎日発生しています。そういう“検査では見つけられないがん”が、免疫力の低下などで少しずつ大きくなるのが再発ということです。
胃がんや大腸がん、肺がんでは、長い間隔での再発はレアケースなのですが、前立腺がんと乳がんでは決して珍しくありません。
オーストラリアの歌手、オリビア・ニュートン・ジョン(69)も今年5月、25年前に手術した乳がんが再発したことを明らかにしたことが話題になりました。私の患者さんでも、34年後に原発部位から再発した方がいます。
このようながんでは、5年後も定期的に検査を受けながらチェックすることが大切。前立腺がんなら、血液検査でPSAという値を調べることになります。一般にがんの治療は、5年が一区切りですが、がんの種類によっては10年以降も受診する方がいいタイプがあることは頭に入れておいてください。
Dr.中川のみんなで越えるがんの壁