Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

衝撃の告知広告 コマツ元社長「胆嚢がん治療しない」の真意

コマツ元社長の安崎暁さんと「感謝の会」の広告
コマツ元社長の安崎暁さんと「感謝の会」の広告(C)日刊ゲンダイ

「10月上旬、体調不良となり入院検査の結果全く予期せざることに胆嚢ガンが見つかり、しかも胆道・肝臓・肺にも転移していて手術は不能との診断を受けました」

 こんな一文で始まる広告が産経新聞の社会面に掲載されたのは、先月20日でした。広告主は、コマツ元社長の安崎暁さん(80)。社告ではなく、個人の広告です。前代未聞の内容ですが、そのメッセージはとても重要でしょう。

「私は残された時間をQuality of Life(生活の質)優先にしたく、多少の延命効果はあるでしょうが、副作用にみまわれる可能性のある放射線や抗ガン剤による治療は受けないことにいたしました」

 治療を受けない選択をされた安崎さんは、「元気なうちに皆様方に感謝の気持ちをお伝えしたく」と感謝の会を開催することを決めて、その告知広告を出稿したのです。

 その方針に驚く人がいるかもしれませんが、決して無謀な選択ではありません。私は、賢明な判断だと思います。

 たとえば、胃がんは早期ならほぼ100%治ります。私も早期の胃がんと診断されたら、手術を受けて根治を目指しますし、患者さんにも当然、手術を勧めます。

 しかし、全国がんセンター協議会の調査によると、胃がんのステージ4の5年生存率は7・3%に低下。残念ながら、末期がんの治療成績は十分ではありません。

 国立がん研究センターはこの夏、がん治療の実態調査を発表しました。たとえばステージ4の胃がんの場合、75~84歳で治療を受けなかった人は24.8%に上ります。「85歳以上」は56%と年齢が上がるにつれて「治療せず」の割合が増えるのです。すい臓がん、肺がん、肝臓がんも、ステージ4で85歳以上は「治療せず」が5割を超えています。

■「迷ったら受けない」

 治療なしの選択をする場合、期待される余命とQOLをベースに考えます。期待される余命は男女の平均寿命から逆算するといいでしょう。

 仮に80歳とすれば、残りの人生は数年。その限られた人生を病院で暮らすか、病気と折り合いながらやりたいことをやって暮らすか。そう考えたのが、安崎さんでしょう。末期がんは、痛みを伴います。治療なしといっても、そんな痛みを解消する治療は受けるのが一般的です。でないと、やりたいことができませんから。

 3年前の12月に末期の肺がんが見つかった俳優の愛川欽也さんは入院を伴う治療を拒否。通院で受けられる放射線のみで人気番組の出演記録を更新して、80年の生涯を閉じました。まったくの治療なしではありませんが、最低限の治療で済ませた一番の理由は、「番組出演の継続」でした。

 治療に迷ったら、「積極的な方法を取らない」が原則。高齢のがん患者はなおさらです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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