Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

末期がん患者は自ら絶食 「口から食べる」の本当の意味

故・今井雅之さんも食事ができないつらさを語っていた
故・今井雅之さんも食事ができないつらさを語っていた(C)日刊ゲンダイ

 忘年会で食べたり、飲んだりされるシーズンです。今回は、食べることについてお話しします。毎日何げなく行っている動作でも、がん患者にとっては切実な問題です。

「自らの意思で飲食せずに死を早めようとする患者を診たことがある」

 今月発表された日本緩和医療学会の調査によると、そう答えた医師は約3割です。対象は、終末期の緩和医療に携わる医師ですから、一般にはもっと少ないかもしれません。しかし、末期がん患者の中では、自ら食べることをやめる人が少なくないのが現実です。

 死の不安や痛み、少しずつ身の回りのことができなくなる絶望感。いろいろな要因が重なって、飲食や点滴を拒むことがあります。

「痛みと闘うのが苦しい。眠れず、食事ができないことも本当につらい」

 そう語ったのは、2年前に大腸がんで命を落とした俳優・今井雅之さん(享年54)です。

 抗がん剤治療中の言葉でしたが、当時の激ヤセした表情を思い出すと、冒頭のようなデータが出るのも類推できるでしょう。がん患者にとって、食事は大切なのです。

 なぜあんなに痩せるのかというと、がんの増殖には大量のブドウ糖が必要で、正常な組織を養うためのブドウ糖が“横取り”されます。もうひとつ、がんは体内に炎症を起こす物質を放出し、体のあちこちが炎症状態に。慢性炎症はエネルギー消費をさらに高めます。一方、がん細胞は筋肉のタンパク質を分解する物質を出すため、がんが進行すると筋肉が減ります。これらが重なって痩せるのです。

 心理的なつらさで食欲が落ちたり、抗がん剤の副作用で吐き気が出やすくなったり。だからといって、食べなくなるのはよくありません。

■欧米では胃ろうはしない

 実は、体にある免疫細胞の半分くらいは腸にあります。腸は、人体最大の免疫装置です。口から食べられず、腸が使われなくなると、免疫力が低下。低栄養と炎症が進んで、体重と筋肉がさらに減少し、免疫力がより一層低下します。がんが増殖、転移しやすくなる悪循環に陥るのです。

 今井さんは生前、「モルヒネをどんどん打って殺してくれ」と担当医に迫ったことを涙ながらに告白しました。食べられなくなることがすべての原因ではありませんが、その悪循環による最悪の結末を招いてしまったのです。

 あの壮絶な姿をふびんに思われるなら、たとえがんになっても食べられる生活を心掛けることです。それは、タンパク質に富む食事を口から取り、適度な運動で筋肉を保つこと。ごくごく基本的なことですが、それがとても大切なのです。

 何度となく「口から」と書いたのは、日本ではがんや脳卒中の後遺症で胃ろうが勧められることがあります。その数、26万人ですが、欧米では行われていません。口から食べられなくなり、すりつぶした食事を胃に入れるのは惨めで、生きる喜びが奪われるのです。

 そうならないために、口から食べる生活を心掛けるのです。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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