寄生虫卵のんで自己免疫疾患が改善 世界注目の療法とは?

東京慈恵会医大熱帯医学講座の嘉糠洋陸教授
東京慈恵会医大熱帯医学講座の嘉糠洋陸教授(C)日刊ゲンダイ

 世界で注目を集めているのに対し、日本ではこれまで触れられてこなかったのが「寄生虫卵内服療法」だ。東京慈恵会医大熱帯医学講座・嘉糠洋陸教授に話を聞いた。

 嘉糠教授は、初めて日本人を対象にした寄生虫卵内服療法の臨床研究を今月から開始。被験者は、年齢がバラバラの成人男性12人だ。来年度を目安に安全性を評価し、疾患への効果、レスポンダー(効く人・効かない人の判別)などを今後研究する予定だという。

 本来は体を守る免疫が暴走し、さまざまな症状を引き起こすのが自己免疫疾患だ。炎症性腸疾患、乾癬、多発性硬化症などがあり(囲み参照)、完治が難しく、難治例も少なくない。これら自己免疫疾患に効果があるとみられているのが、寄生虫卵内服療法だ。

「寄生虫に感染すると、寄生虫を主に攻撃する特別な免疫反応が働きます。すると、暴走している免疫反応が抑制され、自己免疫疾患の症状が治まるのです」

■欧米では十数年前に安全性が証明

 免疫反応は、例えるなら遊具の「シーソー」のようだ。一方の免疫が働けば、もう一方の免疫が抑制される。寄生虫卵内服療法は、このメカニズムを利用している。

 欧米では動物実験から寄生虫感染と自己免疫疾患との関係が指摘され、早くも2000年代初頭には豚の便の中から採取した寄生虫「豚鞭虫」の卵を内服しても安全であることが臨床試験で証明されている。

「炎症性腸疾患、乾癬、多発性硬化症のほか、花粉症、喘息、自閉症に対しても寄生虫卵内服療法の臨床研究が実施されています。近年、自閉症も自己免疫反応が関係していると考えられています」

 現在、1瓶に2500個の寄生虫が入った製品がインターネット上で気軽に購入できるようになっているほど、世界では「安全性は確証されている」という見方。また、ドイツでは来年以降、機能性食品として薬局などで販売される見込み。アメリカでは、日本の厚労省にあたるFDAの認可を受けるため、複数の臨床試験が進行中だ。

「ようやく安全性評価の臨床試験を始めた日本は、海外に比べてすさまじく遅れている」

 こう指摘する嘉糠教授が寄生虫卵内服療法に期待するのは、安全性とともに、安価である点だ。 

 自己免疫疾患は前述の通り、完治が難しい。薬を飲みながら、上手に疾患と付き合っていかなくてはならない。ところが効き目の強い薬は非常に高価で、経済的な理由から治療継続を断念せざるを得ない患者もいる。さらに、高価な新薬を用いてもうまくコントロールできない患者もいる。

「一方、豚の寄生虫を用いた寄生虫卵内服療法は、1匹の豚から大量の寄生虫を採取でき、安定供給が可能。価格を低く抑えられるのです」

 今、用いられている寄生虫卵は日本円に換算して2万5000円ほど。たった1回の服用で2週間ほど効果が持続する。

 2週間で2万5000円というのは、自己免疫疾患の従来の治療薬と比べてはるかに安い。

「治療で寄生虫に感染すると他人にうつしてしまうのでは」と思うかもしれないが、豚の寄生虫なので人間の体の中で育たない。ただし、HIV患者など免疫機能が落ちている人は、そうとはいえない。過去に「免疫が落ちている子供で、内視鏡検査をしたら寄生虫が親虫に育っていた」という報告がある。

 下痢や腹痛が起こる場合があるが、「自己免疫疾患が良くなることを考えれば、大した問題ではないと思う患者は多いのではないでしょうか」と嘉糠教授は言う。

■炎症性腸疾患と多発性硬化症

 炎症性腸疾患は主に消化管に炎症を起こす慢性疾患の総称。乾癬は表皮が過剰に増殖し、フケのようなものが付着したり、それがボロボロはがれ落ちるなどの症状がある。多発性硬化症は、神経症状を繰り返す疾患。

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