天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心臓の悪性リンパ腫の手術でチーム医療の重要性を再確認

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 先日、「心臓の悪性リンパ腫」の手術を執刀しました。心臓外科医として独り立ちしてから二十数年間で初めて遭遇した非常にまれな疾患です。

 患者さんは80代の女性で、心不全に似た症状があって来院されたようでした。近年は患者さんの全身状態を把握するため、術前にPET―CT検査を行う場合があります。そして、その患者さんもPET―CT検査をしたところ、心臓に悪性疾患らしきものがあることがわかったのです。

 PETとは陽電子放出断層撮影のことで、放射性物質を含んだブドウ糖に近い成分の薬剤(FDG)を体内に投与し、薬剤が臓器などに取り込まれた状態を特殊なカメラで捉えて映像化します。がん細胞は活動が活発なため、通常細胞の3~8倍ほどのブドウ糖を取り込む特徴があります。そのため、病変があるところに薬剤が集積するので、がんが疑われる場所を推測できるのです。

 術前検査の結果、その患者さんは心臓に薬剤の集積が認められました。ただ、この段階では「心臓に悪性疾患が疑われる腫瘍がある」ということがわかっただけで、悪性リンパ腫だと診断が確定したわけではありません。はっきりさせるためには、開胸手術で心臓の腫瘍を切除し、病理診断検査を行う必要がありました。

 悪性リンパ腫は血液細胞を由来とするがんで、白血球の一種であるリンパ球ががん化した疾患です。頚部、わきの下、太ももの付け根部分のリンパ節に腫れが起こる場合が多いのですが、まれにリンパ節以外の臓器に腫瘍などの病変が発生するケースがあります。血液は体の隅々まで巡っているため、全身のどの場所にも表れる可能性があるのです。レアケースとはいえ、心臓も内部は血液で満たされているわけですから例外ではありません。

 その患者さんを開胸して病変を確認してみると、心臓の右心室の筋肉に腫瘍ができていました。その腫瘍を心臓の機能を損なわないようにきれいに切除し、術中に病理診断に出して、悪性リンパ腫であることが確定したのです。

■手術中の正確な病理診断が必要

 悪性リンパ腫は、がん細胞の形や性質などによって、細かく分類されています。病型がどのタイプかによってその後の治療方針が変わってくるため、病理診断がとても重要になります。術中に迅速に染色体検査や遺伝子検査を行うなどして、正確に診断しなければなりません。

 その患者さんは、手術で腫瘍をしっかり取り切ることができましたし、病理診断によって抗がん剤が効きやすいタイプの悪性リンパ腫だったこともわかりました。今後、治療を続けながら、これからも長生きできるでしょう。

 今回、その時だけでなく将来も含めて患者さんを“救う”ことができたのは、しっかりしたチーム医療のたまものです。まずは、心臓にできた腫瘍をきれいに取り除く手術ができなければなりません。この時、心臓に必要以上のダメージを与えて心機能を低下させないようにすることも求められます。そして、切除した腫瘍の組織を顕微鏡で正確に診断する優秀な病理専門医が必要です。さらに、これから専門医のもとで最適な抗がん剤治療を実践していくことも重要になります。

 心臓手術の中でも、悪性疾患の心臓の手術はそれだけ数多くのスタッフが関わっています。仮にどこかの人材が欠けていたら、最適な治療は実現できないと言ってもいいでしょう。それぞれが役割分担をしっかり確実にこなせるチームがあることが、患者さんの生存率を高めているのです。手術はチーム全体の力がカギを握っている。それをあらためて実感しました。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事