天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

現実の外科医は「私、失敗したくないので」がスタートライン

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

「私、失敗しないので」――。去年、第5シリーズが放送されたドラマ「ドクターX」の主人公・大門未知子の決めゼリフです。米倉涼子さん演じる大門未知子はフリーランスの天才外科医で、大学病院に雇われる形で誰もが尻込みするような難しい症例の手術に挑み、患者の命を救っていきます。

 ドラマですから、実際にはほとんどあり得ない場面も登場しますが、リアルな医療現場に徹底的にこだわってしまうと物語になりません。私も、「医龍」などドラマの監修ではその点に苦労しました。とはいえ、「ドクターX」もしっかり医療監修されているので、医療関係者の目からも面白く拝見しました。

 また、順天堂医院の院長を務めている私の場合、難しい手術に臨む大門未知子だけでなく、西田敏行さん演じる蛭間重勝院長の立場も、皆さんとは違う目で追いかけました。中間管理職である病院長は意外と苦労が多いのです。それだけに、さまざまな視点からドラマを楽しめました。

 そんなドラマの象徴ともいえる「私、失敗しないので」というセリフは、現実の外科医のホンネでいえば、「私、失敗したくないので」になるのではないでしょうか。失敗したくないからこそ、外科医は術前にさまざまな検査を行い、細かい検査データを精査して、これまで見つかっていなかったような隠れた症状や全身状態を確認します。そして、必要な人員、医療材料、機器などを計算し尽くして、万全の準備で予定手術に臨むのです。

 まさに、備えあれば憂いなし。受験もそうですが、失敗しないためには「もう、いつ本番が来ても大丈夫」と思えるくらい事前に準備を整えておくことが大切なのです。

 さらに、そのようにして無事に手術を終えたあとも、合併症やそれによる重要臓器のトラブルを起こさないことが重要です。たとえ手術そのものがうまくいっても、そうなれば失敗です。“いい手術”ができていれば、あるタイミングから誰かが何かをしなくても、患者さんは自然によくなっていきます。こうなって初めて「私、失敗しないので」と言い切れるのです。

 ドラマの中で、大門未知子は無謀な手術に挑んでばかりいるような印象がありますが、実はそうではありません。「もう1回だけしっかり検査をやり直した方がいい」と術前検査にこだわるシーンが頻繁に登場しますし、患者さんの検査データを見ながらどんな手術をすればいいかを悩み抜いている姿もよく見られます。失敗しないために、豊富な医学的知識と自分の勘を頼りにして綿密に準備を整えているのです。

 99・5%という私の予定手術成功率も同じような準備に支えられています。予定手術においては、出たとこ勝負で行き当たりばったりに執刀しているわけではなく、計った通りに手術を行っているからです。術前に計算し尽くした“設計図”通りに手術を終わらせることが重要で、きちんとした設計図が描けていれば、本番はそれに沿って動くだけでいい。ですから、通常の手術で疲れることはありません。

 もちろん、手術中に非常事態が起こるケースもありますが、起こりうる可能性と、それに対する処置についてもしっかり事前に想定しているため、慌てることはありません。これまでの経験値もあって、自然と手が動きます。やはり、予定手術は準備が何より大切といえます。

 現代の外科医のヒロインは大門未知子かもしれませんが、かつて外科医のヒーロー的な存在はブラック・ジャックでした。手塚治虫さんが描いたマンガの主人公で、医師免許を取得しないまま、天才的な手術の腕であらゆる難病やケガの患者を救います。

 もちろん、医師免許がなければ医療行為はできませんし、医師免許を持たないブラック・ジャックは「医師」ではありません。しかし、ブラック・ジャックは「医者」であると私は思っています。医師も医者も病気の診療や治療をなりわいにしている人を指しますが、私は医師というのは「目の前の病気を自分の手で管理する者」、医者は「患者の将来まで予測して病人を診る者」ではないかと考えています。その点、ブラック・ジャックは医者であるといえるでしょう。

「先生は医師ですか? 医者ですか?」と尋ねられた時、私は「医者です」と答えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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