大腸がんは“右側”が危ない 世界中の研究者・専門医が注目

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 死亡者数がこの50年間で7・5倍に膨れ上がった日本の大腸がん。胃がんに続き2番目に罹患者数が多いがんで、男性は33人に1人、女性は44人に1人が死亡する。そんな恐ろしい病気に左右差があるのをご存じか? 

 最初のがんが大腸の左側(下行結腸、S状結腸、直腸)にできたときより、右側(盲腸、上行結腸)にできたときの方が重篤になりやすいという。九州大学医学部消化器・総合外科診療の沖英次准教授に聞いた。

「もともと右と左の大腸は生物学的に違いがあります。発生学的に右の大腸は中腸系、左は後腸系と異なる由来を持っています。血液を供給する血管も右側は上腸間膜動脈系、左側は下腸間膜動脈系と違う。外科医が大腸がんを左右に分けて考えるのは当然です」

 人の受精卵は子宮内膜に着床後、「内胚葉」「中胚葉」「外胚葉」の3種類の分裂組織を形成する。内胚葉はその後消化管や呼吸器となり、中胚葉は骨や心筋、赤血球などに分化する。外胚葉は神経や感覚器になる。

 内胚葉ではさらに消化管のもととなる「原腸」がつくられる。この原腸は頭側からお尻の方に向かって、「前腸」「中腸」「後腸」に分かれ、前腸は咽頭・食道・十二指腸の上半分へと分化し、中腸は十二指腸の下半分・小腸・盲腸・虫垂・上行結腸・横行結腸の右3分の2へと変化。後腸は横行結腸の左3分の1・下行結腸・S状結腸・直腸となる。

「このため中腸に属する右側の大腸と後腸に含まれる左側の大腸とでは、分化の過程で発現する遺伝子の種類や数が変わります。しかも、右と左では便の硬さなどが違うので、そこに巣食う腸内細菌叢も変わります。右側の大腸の便は液状なので、それを好む細菌が集まり、左側の便は固形なのでそれにふさわしい細菌が集まる。当然、そこから受ける遺伝子への刺激も変わります。その結果、がん化の直接の引き金となる、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異に左右差ができるのです」

 大腸がんの罹患比率も下行結腸から直腸までを合わせた左側の大腸がんは7割を占める。がんの発見のしやすさも違う。

「便が液状になっている右側はがんが発見されにくく、便が固形の左側は腸閉塞などが起こりやすく発見されやすい。それが予後の違いの原因のひとつになっています」

 大腸がんの左右差については以前から世界中の大腸がんの研究者や専門医が関心を寄せている。とくに一昨年5月の米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次集会は注目された。

 進行性大腸がんの患者1140人を対象に、最初にできたがんが大腸の左側か右側に分け、通常の抗がん剤治療に加えて、抗VEGF抗体ベバシツマブ、抗EGFR抗体セツキシマブを追加した際の効果が報告されたからだ。

 それによると、全生存期間中央値が左では33・3カ月に対して右が19・4カ月と大きな差が見られた。さらに、右はベバシツマブ、左はセツキシマブを使った場合、生存期間延長が確認された。

 その後、欧州や日本でも同様の報告があり、今月26日から東京で開かれる「大腸癌研究会」の学術集会でも大腸がんの左右差は大きなテーマとして取り上げられる予定だ。

■使う薬や手術法も変わる?

 すでに左の大腸がんにはp53遺伝子変異が多く見られ、同じステージ4の末期がんであっても右の方が進行が速く、がん特異的死亡率が高いことがわかっている。

「大腸がんは大腸粘膜の細胞から発生し、2つの発がん経路があると考えられています。ひとつは良性ポリープ(腺腫)が発がん刺激を受けてがんになる経路です。もうひとつは正常粘膜が発がん刺激を受けて直接がん化するタイプです。これを『デノボがん』といいます」

 前者は、がん化を防ぐAPC遺伝子の変異により腺腫が生まれ、がんを発生させるKRAS遺伝子やがんを抑制するp53遺伝子などの変異が加わってがん化すると考えられている。デノボがんの遺伝子異常の詳細はわかっていない。

 では、大腸がんが左にできた場合と右にできた場合とでは治療法に違いがあるのだろうか?

「乳がんの手術では悪性度が高いと脇の下のリンパ節を取ります。脇の下のリンパ節を取ると腕が腫れたり容貌的な変化もあるので、これを省略できれば大きな意味があります。しかし、多くの大腸がんの手術ではリンパ節を取ることを省略してもこのようなメリットはほとんどありません」

 ただし、高度進行がんや再手術だと話は違ってくるかもしれないという。

「例えば左側の大腸がんから転移した腫瘍の切除は積極的に行いますが、右側は切除より化学療法を優先させるなどの違いが出てくるかもしれません。むろん、左右の薬剤感受性の違いで選ぶ抗がん剤も違ってくるでしょう」

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