末期がんからの生還者たち

前立腺がん・大腸がん<3>「手術室のそばから離れないで」

吉田博行さん
吉田博行さん(C)日刊ゲンダイ

 独立行政法人国立病院機構「東京医療センター」(東京・目黒区)で、「大腸がん(直腸)、ステージ3a」の告知を受けた吉田博行さん(当時63歳、東京・世田谷区在住)は、2015年4月23日に手術室に入った。

 午前8時30分。手術室前まで見送った夫人は、執刀医からこう告げられる。

「難しい手術になりますから、手術室の近くから離れないでくださいね」

 夫人は手術室に隣接する家族待機室で待った。腕時計をひっきりなしに見ていたが、針が止まったように少しも進まない。やがて昼になった。主人が出て来ない。

 隣の手術室に、主人よりも後に入った患者がもう先に出て来ていた。待つこと十数時間。吉田さんが手術室から出て来たのは、夜の10時を回っていた。

 直腸の部位を20センチも切除し、右腹に人工肛門を造設するという大手術だった。看護師から「手術は成功しましたよ」と報告され、小さな拍手を送られた。

 吉田さんは5月に退院し、6月から抗がん剤治療を開始する。2種類の経口薬を28日間、毎日飲み続け、体力が回復に向かった6月に入って職場に復帰した。

 元銀行員だった吉田さんは退職後、大手の派遣業会社に勤務していた。「死ぬ時は布団の上ではなく、仕事で道を歩いているとき」と言うほどの仕事人間である。

■今度は腹膜播種が見つかった

 職務が順調に拡大していた11月、画像診断などの精密検査で今度は「腹膜播種」が見つかった。目下、有数の医療機関で治療法が研究されている腹膜播種は、種がバラバラにまかれたようにがん細胞が肝臓などの壁を突き破って腹膜に広がった病状だ。腹膜は、臓器を覆っている半透明の膜を指す。

 吉田さんは点滴による抗がん剤治療(アパスチン)を始めた。そのために小さな手術を行い、胸に100円硬貨大の「CVポート」を設置した。

「皮下埋め込み型ポート」とも呼ばれる中心静脈カテーテルだ。日常生活に支障はない。4クール(1クール、21日間)まで行った。

 60歳のときに「前立腺がん」を告知され(現在もホルモン療法による治療中)、63歳で2度目のがん「大腸がん」を告げられた。そして今度は「腹膜播種」である。

 まさに心身ともズタズタだった。それでも、入院治療はこれで終わらなかった。抗がん剤副作用との闘いが待っていた。

関連記事