天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

患者の長い人生に付き合っていく 医者としてのひとつの道

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓病は65歳以上の高齢者に多い病気です。2015年の人口動態統計によると、心疾患で亡くなった人は計19万5933人で、そのうち65歳以上が17万9493人でした。2012年の数字ですが、当院で行われた心臓血管手術も、80歳以上の患者さんが12.5%を占めています。

 私が手術を執刀する患者さんも高齢者がほとんどです。子供の心臓手術は小児心臓外科の専門領域ですし、10~20代の若い患者さんは非常にまれといえます。

 そんな中に、いまもお付き合いがある女性の患者さんがいます。20年ほど前、彼女が20歳だった頃に初めて診察しました。「心房中隔欠損」という先天性の心臓疾患でした。

 心房中隔欠損は、心臓の中の左心房と右心房の間の仕切りに穴が開いている病気で、心臓が肥大したり、肺への血流量が増えて風邪などの体調不良を起こしやすくなります。重症になると、息切れ、動悸、疲労、不整脈といった自覚症状が表れます。状態によっては、穴が開いているところを直接縫いつけるか、ゴアテックス製のパッチを当てる手術を行います。

 幸い彼女はそこまで悪い状態ではなく、しばらく経過観察が続きました。その間に結婚したという報告があり、さらに妊娠して子供が生まれたという喜ばしい知らせもいただきました。

 子供がまだ幼い頃、旦那さんと3人で病院を訪ねてきてくれたこともありました。すっかり若奥さまといった雰囲気で、担当医である私もうれしく思っていました。

 しかしそれから数年後、2人目の子供を妊娠したタイミングで、心不全の症状が表れました。大変残念なことにお腹の中の子供にも影響が及んでしまったため、流産の手術が行われました。大きなショックを受けて落ち込んでいた彼女の姿をいまでも覚えています。

 その後、すぐに「心房中隔欠損」と「部分肺静脈還流異常」の手術を行うことになりました。部分肺静脈還流異常とは、肺から心臓に戻る肺静脈の一部が本来つながっているべき左心房以外につながってしまって、右心房や大静脈に還流している状態で、心房中隔欠損と合併しているケースが多い病気です。

 心房中隔欠損と同様に無症状ならば治療を待てる場合も多いのですが、心不全を起こしたとなると手術が必要です。

■心臓はしっかり治せば長生きできる

 ゴアテックス製のパッチを当てて穴を塞ぎ、肺静脈が左心房に還流するように修復しました。先天性の心臓疾患なので、一般的には小児の頃に小児外科専門の医師が行う手術になりますが、手術自体の難易度は、やや応用編寄りの入門編といったところで、それほど難しいものではありません。ただ、荒っぽく処置してしまうと術後に不整脈の後遺症が表れることがあるため、やはり確実で丁寧な処置が必要です。もちろん、手術は無事に終わり、彼女の心臓は完全に元の病気がない状態に戻りました。

 手術の後、しばらくしてから再び子供を授かり、彼女は2人の子供を育てる母親になりました。もう40歳を越える年齢になりましたが、心臓の状態は問題なく順調に推移しています。今は1年に1回、診察で顔を合わせます。

 当時、唯一といっていいくらいの若い患者さんだったので、20年にわたってずっと成長を見守ってきたような感覚です。かわいらしい女の子から若奥さまになり、いまはすっかり“おっかさん”になっています。

 こうした患者さんとの長いお付き合いは、医者だからこそありえる関係だといえるかもしれません。小児の先天性の心臓疾患を治療する小児外科の医者となると、20年どころか、40年、60年といったお付き合いになることもあります。とりわけ心臓疾患は、しっかり治せば患者さんは長生きできるようになるので、自然とお付き合いが長くなるのです。

 病気を治した患者の人生に付き合っていく。これも医者のひとつの道だといえるかもしれません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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