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誤嚥性肺炎では抗菌薬を使わない治療も選択肢のひとつ

寺本信嗣医師
寺本信嗣医師(C)日刊ゲンダイ
寺本信嗣医師 和光駅前クリニック(埼玉県和光市)

「誤嚥性肺炎」が注目を集めている。「肺炎」は日本人の死亡原因第3位にランクされているが、その95%を65歳以上が占め、そのうち約7割が誤嚥性肺炎と診断されている。高齢化が進み、誰もが他人事ではないと思い始めているはずだ。

 そんな中、昨年4月刊行の「成人肺炎診療ガイドライン2017」に、高齢者に多発する誤嚥性肺炎は「治療しないことも選択肢のひとつ」という趣旨の文言が盛り込まれた。どういうことなのか。高齢者肺炎治療の第一人者で、ガイドライン作成委員を務めた同院の寺本信嗣医師(顔写真)が言う。

「加えられた文言は、あくまで、何度も誤嚥性肺炎を繰り返す患者さんや、終末期や老衰で体力が完全になくなった状態で起きた誤嚥性肺炎では、QOL(生活の質)を重視した治療やケアを提供することも選択肢のひとつとしています。それは完治が見込めず、ただ入院期間を延ばしているだけで患者さんの幸福度を下げてしまっているケースがあるからです」

 もちろん肺炎治療薬である抗菌薬を使わない選択は、患者や家族の同意があってのことだ。

■歌や会話が予防法

 そもそも誤嚥性肺炎は、食べ物が気管に入り込んで起こると思っている人が多いが、1回誤嚥したくらいではほとんど起こらない。高齢者が“治りにくい誤嚥性肺炎”になる原因は、のみ込む嚥下能力の低下。寝ている間でも慢性的に唾液などを誤嚥しているのだ。

「健康な人でも寝ている間に誤嚥しますが、それを寝返りや咳で解除しています。ところが高齢者は嚥下能力の低下で誤嚥しやすい上に、それを解除する咳反射も低下することで自覚のないまま慢性的な誤嚥を繰り返してしまうのです」

 嚥下能力は「のどの周りの筋肉」と「神経調節」の働きで行われている。神経調節では、嚥下反射(反射的に気道を閉じ食道を開く働き)をスムーズに行うために脳内で分泌されている「サブスタンスP」という物質が必要になる。ところが高齢者はうつや不眠などで、精神安定剤や抗不安薬、睡眠薬などの薬を飲んでいることが多い。これらの薬は、サブスタンスPの分泌を減少させてしまうという。脳梗塞の既往があると誤嚥性肺炎を起こしやすいのも、神経調節が障害されるためだ。

「それに誤嚥性肺炎は急激に悪化する普通の肺炎と違って、最初は肺炎らしい咳や痰の症状は出ず、悪化していることに気づかない場合が多い。それで『亡くなる直前まで元気だったのに……』と、ご家族はビックリされてしまうのです」

 初期の誤嚥性肺炎を疑うのは「微熱」「元気がない」「食欲がない」といった症状。60代以上で「なんとなくおかしい」と思ったら検査を受けた方がいい。では、どんなことが予防になるのか。

「のみ込む力を鍛えるには、嚥下と発声の筋肉はつながっているので、よく話す、歌う、朗読でもいいです。よく話せば唾液の分泌が促されて、口腔内も清潔に保てます。また、睡眠薬や精神安定剤などの薬は飲まない方がいい。寝る姿勢は、枕を少し高めにする。肺炎球菌ワクチンを打つことも大切です」

▽山梨県出身。1986年山形大学医学部卒。東京大学医学部付属病院勤務後、米ノースカロライナ州立大学留学。国立病院機構東京病院、筑波大学病院ひたちなか社会連携教育研究センター教授などを経て、2017年から同院。〈所属学会〉日本内科学会、日本呼吸器学会、日本老年医学会など。

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