「ホスピスは希望する患者の数に比べてベッド数が少ないから、『少ない資源』と表現したんだろう。それにしても、少し良くなれば早く家に帰ってくれと言われちゃうんだな。どの程度の痛みが残っているのかは、本人じゃないと分からないから、一瞬、『まだ痛い』と言おうかと思ったよ。結局、病院に迷惑をかけられないから退院したけど、緩和ケアの世界まで、死が近い患者を相手にしても効率、効率なのかね……」
いまの日本の医療は、終末期の患者に対しても“優しさ”が足りなくなってきているのでしょうか。かつて日本は、経済的に決して豊かとはいえない時代もありましたが、終末期の患者に向かって担当医が「資源の有効活用」なんて言葉を使うことはありませんでした。死の直前でも、患者と担当医の間には、惜しみ惜しまれながら互いに「もののあわれ」を感じとる心があったと思うのです。
Y君は「でも痛みはなくなったし、医学の進歩はありがたい。感謝しているよ」と言いながら、こう続けました。
「そのおかげで、もう少しで今年も桜を見ることができそうだ。わが家のそばに桜の古木があってさあ、芽が膨らんできたんだよ。電線にかかっていた枝が太い所から切られてしまったんだけど、大木だから、満開になったら息もつけないほど花が空を覆うんだ」
がんと向き合い生きていく