天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

これからの心臓血管外科は「足の血管」の治療を無視できない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心臓血管外科の医師として、いま注目しているのは心臓血管の「血管」のほう、とりわけ「足の血管」の治療です。糖尿病などが原因で動脈硬化が進み、足の血管が詰まってしまうと、「慢性閉塞性動脈硬化症」(ASO)や「末梢動脈疾患」(PAD)といった疾患が起こります。血流が悪くなって足先まで酸素や栄養を十分に送れなくなるため、痛みで歩行困難になったり、重篤化すると壊疽を起こして下肢を切断しなければならないケースもあります。

 歩けなくなってしまうことは、物を食べられなくなるのと同じくらいQOL(生活の質)が低下するといってもいいでしょう。これからさらに高齢化が進み、足にトラブルを抱えた患者さんが増えるのも間違いありません。そのため、最近は足の血管の治療に対するさまざまなアプローチが考えられています。足の痛みが軽減されて歩けるようになるだけで、患者さんのQOLは大幅にアップしますから、循環器に携わる医師としては、これから避けて通れない分野の治療だと考えています。

 内科ではカテーテルでステント(網目状になった金属製の筒)を留置して血管を広げる治療が行われていますが、動脈硬化が進んでいるとカテーテルが通らないケースもあります。

 外科では、足の動脈のバイパス手術を行っています。取り出した足の静脈を使って、血流障害を起こしている足の動脈にバイパスを作ります。血管が詰まっていない部分の“入り口”と“出口”を静脈でつないで血液を迂回させて血流を改善させる方法です。ただ、静脈も傷んでいてバイパスのグラフトとして使えなかったり、足の血管全体がボロボロでかなり長いバイパスが必要になるケースも少なくありません。そのため、治療成績は良いとはいえないのが現状です。

■ダチョウの動脈を使った人工血管も開発された

 最近、そんな足のバイパス手術の大きな助けになる新たな技術が報告されました。国立循環器病研究センターの研究チームが、食用ダチョウの頚動脈を使って内径2ミリ、長さ30センチの小口径人工血管の開発に成功したのです。

 ダチョウの血管にはダチョウの細胞がたくさん存在するため、そのままでは人間には移植できません。まずはダチョウの細胞成分に超高圧をかけてダチョウの細胞成分を完全に取り除き、人間に近いタンパク質だけを残します。ただ、それだけでは血液がすぐに固まって血栓ができてしまい、まだ治療に使うことはできません。そこで、血管の内側に血液凝固を防ぐ血管構造を再生させるペプチド分子をナノテクノロジーによって並べることで、血栓の発生を完全に抑えることに成功したと報告されています。

 感触や硬さなどは人間の血管と変わりなく、実施されたブタの右足動脈と左足動脈をつなぐバイパス術では、抗血液凝固剤を使わなくても血管が詰まることはなく、1カ月後には通常の血管と区別がつかない血管内膜が新生したといいます。

 従来の合成繊維や合成樹脂で作られた人工血管は、小口径になるとすぐに血液が固まって詰まってしまうため、内径5ミリ以上が必要でした。動物の血管からできた人工血管も内径4ミリがギリギリです。心臓の冠動脈バイパス手術では、それよりも細い血管を使うケースも少なくないため、患者さん自身の内胸動脈や足の静脈を採取してバイパスとして使用するのが一般的です。先にお話ししましたが、足の動脈のバイパス手術では、他の血管が使えなかったり、かなりの長さが必要になる場合があります。

 その点、今回開発されたダチョウの血管を用いた人工血管は、バイパス手術に適した細さの血管を必要な長さに調節して使うことができるため、足だけでなく心臓のバイパス手術でも大きなプラスになると期待されているのです。

 日本では年間2万件のバイパス手術が行われています。食用のダチョウは国内で年間6万匹くらいの需要があるとのことなので、3分の1にあたる2万本でも十分に供給が可能です。まだ3年後の臨床応用を目標にしている段階だといいますが、大いに期待しています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

関連記事