Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

10%が発症する脳転移 ベストの治療順序は定位放射→TKI

まずは放射線
まずは放射線

 1月にヒップホップグループのリーダーが肺がんで亡くなった時、脳転移についてお話ししました。今回は、がんの脳転移について、もう少し掘り下げてみましょう。

 なぜかというと、脳転移があっても延命できるようになり、脳の機能を守る治療法が求められるようになったためです。新規薬剤の登場で5年生きられる方も珍しくありません。登場前はせいぜい半年程度でしたから、治療はグンと進歩しているのです。

 がんになると、10人に1人が脳転移を起こします。脳転移を起こすがんのうち最も多いのが肺がんで46%、以下、乳がん15%、大腸がん6%と続きます。脳転移に関しては、肺がんが無視できません。その肺がんでは、特に肺腺がんというタイプが脳転移しやすいことが知られています。

 肺腺がんでは、53%がEGFRという上皮成長因子受容体の遺伝子に異常があり、脳転移のうち14%はEGFR変異が原因。海外では、EGFRの変異は17%ですから3倍超です。肺腺がんは、肺がん全体の6割を占めますから、日本は海外より脳転移を起こしやすい下地があります。

 そう書くと、深刻に思われるでしょうが、EGFR変異に伴う異常をブロックする薬剤(EGFR―TKI)が相次いで登場。今では、イレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソの4つが保険で使用できます。これらによって5年の延命も可能になるのです。

 脳転移治療は従来、脳全体に放射線を照射する全脳照射が主流。そうすると、正常組織へのダメージも少なくなく、認知機能の低下が問題で、今では勧められていません。この点も改善が見られます。

 それが、腫瘍にピンポイントで放射線を照射する定位放射線治療です。これなら、正常組織へのダメージはほとんどありません。認知機能の低下を食い止めることができます。

 そうすると、一つの疑問が生じます。EGFR―TKIと定位放射線はどちらを先に行うのが効果的か。海外の研究では、全脳照射を含めて、「全脳+TKI」「定位放射線+TKI」「TKI+どちらかの放射線」の3つに分けて、治療効果を調べた研究がありますが、最も延命効果が高かったのが、「定位放射線+TKI」です。

 ところが、日本で放射線治療が行われる割合は減っていて、3割ほど。新薬に注目が集まっていることもあり、最初に新薬の治療を提案されるかもしれませんが、ベストはまず定位放射線治療を受けてから、TKIをプラスすることです。皆さん、ぜひ覚えておいてください。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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