天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

近年最も注意している2つの耐性菌「MRSA」と「VRE」

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 昨年12月から今年2月にかけて、福島県内の病院で抗生物質がほとんど効かない耐性菌(CRE=カルバペネム耐性腸内細菌科細菌)の集団感染が発生し、患者さん2人が死亡しました。

 医学の発展に伴って細菌を退治する抗生物質もどんどん進歩していますが、いまも病院では「感染症対策」は欠かせません。抗生物質を繰り返し使用していると、突然、細菌自体が変化して薬が効かないタイプの細菌=耐性菌が出現することがあります。その耐性菌に患者さんが感染すると、命取りになりかねない場合が多いのです。

 近年、われわれが最も注意している耐性菌は「MRSA」(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と「VRE」(バンコマイシン耐性腸球菌)の2つです。

 MRSAは、人間や動物の皮膚などの体表面に常在するブドウ球菌が、ペニシリンが効かない耐性菌に抵抗するために開発されたメチシリン、マクロライドなどの抗生物質に耐性を持ったものです。通常は無害ですが、抵抗力が落ちている患者や高齢者が感染すると、産生される毒素によって、肺炎、敗血症、心内膜炎といった重症感染症を引き起こします。敗血症になると他の臓器を容易に傷害して死亡する可能性が高く、外科医にとっては最大の敵といえます。

 傷口での院内感染を引き起こす原因の100%近くがMRSAといわれていて、感染すれば確実に創部感染に拡大します。閉じたはずの傷口が開いてしまって膿を持ち、敗血症を起こして3分の1が亡くなってしまうほど深刻な感染症です。心臓外科領域でも過去に数多くの施設で悲惨なアウトブレークを経験してきました。

 VREは、MRSAの治療に使われる特効薬である抗生物質バンコマイシンに対して耐性を持つ腸球菌です。バンコマイシンだけでなく、現在、細菌感染症の治療に使われているほぼすべての抗生物質が効かないので、感染症を起こすと命取りになる危険が高いといえます。

 腸球菌は、腸や生殖器に常在していて、ほとんどすべての人が持っています。こちらも通常は無害ですが、抵抗力が落ちている人が感染すると、腎盂腎炎、腹膜炎、敗血症、心内膜炎などを起こし、本来の特効薬であるバンコマイシンが効かないので重篤化して命を落とす可能性が高いのです。

■院内感染が拡大してしまうと命取りに

 MRSAもVREも、症状が表れていない保菌者は少なくありません。特にVREは排泄物から伝染するのでMRSAの40倍もうつりやすく、院内感染を起こしやすいのです。

 保菌者から医師や看護師といった病院職員に感染してしまうと、本人に症状が表れなくても、患者にどんどん感染が拡大してしまいます。そのため、まずは「手指衛生」の徹底が重要です。手はあらゆる場面で共通して使われるので伝播経路になりやすいため、頻繁にアルコール消毒をする必要があるのです。ノロウイルスにはアルコールは効きませんが、MRSAやVREには効果があります。病院職員がアルコール消毒をこまめに実施しているかどうかで、感染症対策をしっかり行っている施設かどうかがわかります。

 日頃から感染症対策をきちんと行っている病院であれば、仮に発症しても対応策がしっかりしていることも多いので、患者が亡くなるところまではいかないケースがほとんどです。ただ、患者の中に保菌者がいるということは、そこからどんどん保菌者が増えていくという状況が起こり得るので、病院側は常に監視しておくことが重要です。

 保菌者の受診率や入院患者に占める保菌者の割合なども気にかけておかなければなりませんし、実際に感染症を発症した患者がどれくらいいたかを把握することも必要です。発症した患者が多ければ多いほど、施設の衛生状態が悪いということですから、対策を徹底しなければなりません。

 MRSAもVREも保菌者は調べることができます。当院では、大きな手術を受ける患者や、化学療法を受ける人は前もって保菌しているかどうかを検査しています。

 また、入院患者は全員、MRSAを持っているかどうかをチェックしています。保菌していてもほとんどは発症しませんが、それが病院職員にうつると感染拡大の危険があるからです。

 次回は、細菌に関するスクリーニングについて詳しくお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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