病院の感染症対策で、いまわれわれが最も注意しているのは「MRSA」(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と「VRE」(バンコマイシン耐性腸球菌)という2つの耐性菌だということを前回お話ししました。いずれも抗生物質が効かないため、院内感染が拡大して患者さんが亡くなってしまう危険が高い細菌です。
MRSAもVREも保菌者は事前に調べることができるので、大きな手術を受ける患者や、化学療法を受ける人は検査しています。外来患者の10%くらいはいずれかを保菌している印象です。保菌していてもほとんどは発症しませんが、それが病院職員にうつると感染拡大の危険があるため、細心の注意が必要になります。
保菌している患者が入院した場合は、もちろんきちんと対策しなければなりません。いずれもアルコール消毒が効果的なので、患者の排泄物を処理する際は防護用の手袋、エプロン、マスク、ゴーグルなどを使用したり、患者が触れたものを病院職員が扱うときは必ずアルコール消毒を行います。直接的にも間接的にも頻繁にアルコール消毒を徹底することが何より重要になります。
病院職員に院内感染が起こってしまったときは、感染者の細菌の遺伝子型を確認し、他の保菌者の細菌の遺伝子型を見れば、どの患者との接触で感染したのかがわかります。あらためて手指消毒や接触対策を徹底したり、場合によっては除菌も行います。
院内感染を防いだり、感染拡大を招かないようにするためにも、保有している細菌の点検=スクリーニングは大切です。以前、入院患者の中にVREの保菌者が増えすぎてしまって、しばらく全体の入院の受け入れをストップしたこともありました。ほかの患者さんに迷惑がかかってしまうからです。それくらい、気を付けて管理しなければならないのです。
■梅毒、肝炎、HIVからMRSA、VREへ
かつて、院内感染でいちばん怖かったのは梅毒です。グラム陰性の真正細菌スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマによって発生する感染症で、血液感染によってうつります。
しかし、ペニシリンが普及してからは劇的に減少し、いまはほとんど心配ない状況です。ここ数年、再び感染者が増加傾向にありますが、抗生物質の進歩によってコントロールできるようになっているため、かつてほどはスクリーニングが重視されていないのが現状です。
次に要注意とされていたのがウイルス性肝炎です。B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなどへの感染により肝細胞が破壊される病気です。B型もC型も主に血液を介して感染しますが、こちらもいまは薬でコントロールできるようになりました。また、ウイルスの型には関係なく、内視鏡のように再利用する医療器具に対する効果的な消毒法がすでに確立されています。そのため、スクリーニングすることに以前ほど意味がなくなってきているといえるでしょう。
一時期はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)も注視されていました。感染すると免疫細胞が破壊され、最終的にAIDS(後天性免疫不全症候群)を引き起こすウイルスです。主に性接触や血液を介して感染し、いまもHIVを保有している患者はいます。しかし、効果的な薬の開発によって免疫不全によるカリニ肺炎の発症をコントロールできるようになり、適正な薬の服用で一生発病しないことも可能になりました。
入院患者に対するHIVのスクリーニングは行っていて、感染している場合は守秘義務に従って本人だけには伝えます。ただ、本人が感染していても直ちに他の患者に迷惑がかかるわけではありませんし、社会的、道義的な面からも以前ほど神経質になったりするようなことはなくなっています。
感染症対策のために実施するスクリーニングはこうした経緯を経て、いまはMRSAとVREが重要視されているのです。
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