がんと向き合い生きていく

がん治療後に胃ろうを作ったことで仕事で活躍できるように

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、医師たちのある会合が開かれ、某老人病院に勤務する医師が、こんな挨拶をされました。

「私は老人病院で、毎月4、5人をみとります。ほとんどが老衰か嚥下性肺炎です。胃ろうは一切、作っていません。人工呼吸器などの延命処置も行っていません」

 私はこの挨拶を聞いて元開業医のFさん(78歳・男性)のことを思い出しました。Fさんは5年前に喉頭がんを発病し、喉頭を温存した手術、放射線治療、化学療法を受けました。その後、がんは頚部に2度再発しましたが、小規模な手術で切除できました。

 しかし、それからFさんは「食事をするとむせる」ことに悩まされます。食べ物が気管に入って誤嚥性肺炎を起こし、そのたびに緊急入院して抗生剤の投与を受け、危機を脱するという状態が続いたのです。最近は飲み込みに気を使うあまり食事量が減り、げっそりと痩せてしまったそうです。

 そんなFさんを心配して、娘さんから「本人は死ぬ覚悟ができているようですが、なんとかならないものでしょうか?」と相談を受けました。最近の血液検査のデータを見せていただくと、アルブミン(栄養状態を見る主なタンパク質)が低下しているのが分かりました。私は、とっさに「栄養状態を回復するために胃ろうはどうだろう? ご本人はどう思っているのでしょうか?」と尋ねました。

 後日、娘さんから返事を頂きました。

「父の住むC市の病院で主治医から胃ろうの選択肢の話は出ていません。ただ、父は『主治医に胃ろうの話をすることは、自分が無駄な延命を望んでいると思われるような気がするので言い難い。胃ろうを作るのは良くないような、それが今の超高齢社会の風潮のように感じられる』と言っていました」

 そして、Fさんが通院している病院では、以前は盛んに胃ろうを作る手術が行われていたものの、3年前に胃ろうの診療報酬費が下がった頃から、胃ろうを作るのは激減したらしいとのことでした。

■「胃ろう=良くない」という風潮もあるが…

 それを受け、私は娘さんに「主治医に『相談に乗ってくれた父の友人の医師は胃ろうはどうだろうと言っていました。先生はどう考えられますか?』と話してみたらどうでしょうか」と答えました。後日、娘さんがその旨を主治医に話したところ、嚥下機能の検査などが行われ、Fさんに胃ろうが作られたそうです。

 それから3カ月ほどたって、娘さんからうれしそうな声で「父は栄養が取れたせいか、とても元気になりました。食べる時にむせることも少なくなったようです」と連絡が入りました。

 そして6カ月たった頃、Fさん本人から私宛てにこんな手紙が届いたのです。

「おかげさまで元気です。あの時、胃ろうを作るのに私の背中を押してくださって心から感謝いたします。私は若い頃、乳幼児の嚥下について研究をしたことがあります。今回の自分の体験は世に役立つかもしれませんので論文にしたいと思っております。完成しましたらお送りいたします」

 その後、Fさんは胃ろうからの栄養に助けられながら診療を行ったり、専門の消化器内科診療での経験を論文で発表するなど活躍されました。

 日本では、たとえば脳血管障害で意識がない方が病院から介護施設や自宅へ移る目的で、静脈栄養から胃ろうに切り替える例などが数多くあったようです。

 その歯止めの意味もあってかどうか、2014年4月から胃ろうを作ることの診療報酬額が約60%に減りました。そこで、胃ろうを作ることをやめてしまった病院もあるように聞きます。

 超高齢社会と増え続ける医療費が問題となっている今の日本では、「胃ろうと聞いただけで『良くない』」と考えられるような風潮になってしまったのでしょうか? 胃ろうで栄養を補給することで、Fさんのようにいろいろな仕事ができる方もいらっしゃいます。胃ろうを作るかどうか、診療報酬額で左右されることではなく、どのような場合に作るのかをしっかり検討すべきではないかと考えさせられました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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