Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

大橋純子さん公表の食道がん 化学放射線療法なら通院でOK

大橋純子さん
大橋純子さん(C)日刊ゲンダイ

 不幸中の幸いといえるでしょう。歌手の大橋純子さん(67)のことです。先月中旬に胃カメラ検査を受けたところ、たまたま食道がんが見つかったと報じられました。食道の中間部分に「怪しい」組織を指摘され、再検査を受けたところ、ステージ1の腫瘍が見つかったといいます。

「すぐに治療にかかれば根治できる」

 そう説明され、治療に専念すべく、年内の仕事はすべてキャンセルしたそうです。

 ごく早期で、転移もなく、歌手生命を左右する声帯には、影響がなかったのは何よりです。

 食道の周りには、リンパ管が多くあります。一般に臓器は、漿膜と呼ばれる膜で覆われ、がんの増殖過程ではそれが“防波堤”になるのですが、食道には漿膜がありません。その2つの事情から食道がんは、早い時期から転移を起こしやすいのです。

■仕事を辞めてはいけない

 胃がんは、6割がステージ1で見つかりますが、食道がんは24%。食道がんが進行した状態で発見されやすいことが、うかがえます。そんな手ごわいがんを告知されたのですから、治療に専念する気持ちは、理解できます。患者心理とすれば、当然でしょう。

 しかし、仕事をすべてキャンセルして治療するのは、必ずしも賢明な選択とはいえません。がんと診断されて1年以内は自殺リスクが急増。そうでない人に比べて、24倍に上ります。孤立すると冷静な判断ができにくくなりますから、「がんでも仕事を辞めない、辞めさせない」がとても重要です。

 厚労省研究班の調査によると、がんになると、サラリーマンの30%が依願退職。辞めた人のうち5人に2人は、治療が始まる前に辞表を出しているのです。告知のショックから「がんでは、仕事ができない」とあきらめてしまうのでしょう。あきらめが、自殺につながると考えられます。

 負の連鎖を断ち切るには、仕事を続けながら周りに囲まれて生活するのが一番。仕事と治療の両立が大切なのですが、「がん対策に関する世論調査」によると、両立が難しい理由として、22%が「職場が休みを許すか分からない」を挙げています。

 治療とはいえ、仕事を休んで職場に迷惑をかけてしまった……。そんな後ろめたさが、がん患者を辞職に駆り立てるのかもしれませんが、治療と仕事は両立できます。そのためには、治療法の選択が大きな意味を持ちます。特にカギを握るのが放射線です。

 放射線は、食道、頭頚部、肺、乳腺、前立腺、子宮頚部など多くのがんで、手術と同等の治療成績です。手術は、入院を余儀なくされますが、放射線は数分で済み、通院で受けられます。食道がんで行われる抗がん剤と放射線を組み合わせた化学放射線療法も通院でOKです。がんと診断されても、仕事を辞めてはいけません。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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