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孤独<4>「社会脳」の発達障害で「孤独脳」が完成する

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 同じような状況に置かれても、強い孤独を感じる人もいれば、あまり感じない人もいます。単純に性格や慣れの違いとは言い切れず、幼少期の環境なども関わっているらしいと以前からいわれていました。さらに最近、医学的研究も進んできた結果、脳の構造の違いが「孤独」と関係していることが分かり始めてきています。

 数年前にイギリスで発表された研究によれば、孤独感の強い人の脳では、とくに社会性をつかさどる領域を形成する神経細胞が、孤独でない人と比べて少なめであることが示されました(CurrentBiology/2012年)。脳のレベルで人付き合いが苦手だから、孤独に陥っているというわけです。

 日本でも同様の研究が発表されています。平均年齢が20歳の男女約800人を対象に、孤独感の強さと大脳皮質の神経密度を調べた結果、他人との共感や自分に対する信頼感をつかさどる領域の密度が薄い人ほど、孤独を感じやすい傾向があることが明らかになりました(ScientificReports/15年)。

 ただこれらの研究からは、大脳の構造変化が孤独を招くのか、孤独が構造変化をもたらすのか分かりません。この疑問には、マウスを使った多くの研究(BrainBehaviorandImmunity/17年など)が参考になります。

■大脳皮質の神経密度が減る

 生まれたばかりのマウスを集団内で育てると、社会性に関係する神経細胞がよく育ちます。ところが1匹だけ隔離して育てると、肝心の部分の神経細胞が永久に育たなくなってしまうらしいのです。人間に当てはめれば、両親や兄弟からあまりかまってもらえなかった子供は、脳の社会性が育たないまま固定してしまうため成長しても孤独に陥りやすいということになります。いわば「社会脳」の発達障害で、その結果として「孤独脳」が完成してしまうわけです。

 一方、成長したマウスを隔離すると、社会性をつかさどる脳領域が萎縮してしまいます。もともと社交的な脳を持っている人でも、孤独に陥れば、脳の構造が変化してしまうのです。この場合は、集団に戻せば脳の萎縮が改善・回復し、社会性を取り戻せることが確かめられています。しかし孤独の期間が長いほど、回復が難しくなるという研究結果もあります。

 マウスを使った別の研究では、群の中の地位が高いマウスほど、孤独の影響を受けやすいことが示唆されています。人間社会に例えると、いままで会社の部長だった人が、定年退職で孤独に陥った途端、一気に老け込んでしまうといったケースでしょう。「自分は周囲から頼られている」「自分がいないと会社が回らない」と普段から思い込んでいる人は、要注意です。

 大脳皮質の神経密度や働きは、FMRI(機能的磁気共鳴画像法)と呼ばれる最新の医療機器で計測することができます。近い将来、病院や脳ドックで、脳の社会性を検査してくれるようになるかもしれません。もしそうなれば、孤独を未然に予防したり、社会脳の違いに即した“孤独治療”が講じられたりするようになり、救われる人が大勢出てくるに違いありません。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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