独白 愉快な“病人”たち

大橋未歩アナ振り返る 脳梗塞が起こったあの夜の一部始終

首の右側に入っているステントは「もう体の一部、人生のお守りです」
首の右側に入っているステントは「もう体の一部、人生のお守りです」(C)日刊ゲンダイ

「らいじょうぶ」という言葉が耳から入ってきて、「あれ?」と思いました。自分では「大丈夫」と言っているつもりなのに、ろれつが回っていなかったのです。

 2013年の1月のことです。その日は家でデスクワークをしていました。暖房をかけながら、ほとんど体を動かさずにあまり水分を取っていなかったことは後からの反省点として残っています。

■持ったはずの洗顔クリームが床に散乱

 仕事を終えて寝ようとしたのが夜11時ごろ。顔を洗おうとして右手が左手に触れた瞬間、左手がマネキンのような鈍い感じがしました。でも「ちょっとしびれたのかな」と思って、いつも通り洗顔クリームを取り出したら、洗顔クリームが床に散乱してしまいました。持ったはずなのに、なぜか落ちていたのです。それを拭かなくちゃとかがんだ途端に左足もガクンとなって、気付いたら倒れていました。立ち上がりたくても左半身にまるで力が入らなくて……。

 そばにいた家族は私の顔を見るなり救急車を呼びました。顔の左半分が垂れた感じで明らかに麻痺がわかったようです。救急車なんて大ごとにしてほしくなかったのですが、「大丈夫」は「らいじょうぶ」になり、「保険証」を「ほけんひょう」と言っている自分がいました。

 すぐに意識が薄れて、気付いた時は救急車の中でした。意識が戻ると急に体に力が入るようになり、病院に到着した頃にはもう元気でした。麻痺していたのは15分間ぐらいだったようです。

 運ばれた病院でCT検査をされましたが、異常は見られず、その日は帰宅しました。でも、医師から「一応、MRI検査もした方がいい」と言われ、念のためにMRI検査を受けたのが翌々日です。予約が混んでいたので1日空いてしまったのですが、検査の結果、なんと脳梗塞の痕、つまり脳の壊死が4カ所も見つかったのです。みなさんも注意してください。CTでは脳梗塞が写らないこともあるそうです。

■退院した3~4カ月後に実は手術を受けた

 検査室を出た途端に車椅子が用意されていて、そのまま10日間の入院になりました。「絶対安静」と言われましたが、普通に元気なんです。その日の午前中には美容院に行ってガシガシとシャンプーしてもらったばかりでしたし(笑い)。それなのに、5メートル先のトイレにも「車椅子を使ってください」と言われました。

 入院中は、血をサラサラにする薬を点滴で入れてひたすら安静の日々でした。

 面白かったのは、兵庫に住む母です。お見舞いに来てくれちゃうんだろうなと思ったんですけど、「ごめん、ステンドグラス教室があって……」と言われました(笑い)。しょっちゅう病院から電話できましたし、私の声に張りがあったのであまり心配されなかったみたい(笑い)。でも、そうやって家族があっけらかんと受け止めてくれたことはとてもうれしいことでした。

 退院の3~4カ月後、実は手術をしました。医師から「脳梗塞は幸い急所を外れましたが、壊死した場所や範囲によっては障害が残ったかもしれない。そのもとになった場所が首の右側の内頚動脈(脳につながる太い動脈)にある」と言われました。首の動脈の内壁が剥がれ、そこに血だまりのようなものができ、その一部が脳に飛んだとのことでした。剥がれた部分が修復しないと、またいつ血だまりができて脳に飛ぶかわからないわけです。

 そんな“爆弾”を抱えて生きるのはイヤだと思い、インターネットでいろいろ調べた結果、カテーテル手術でステント(血管を広げるコイル状の筒)を入れる手術があると知りました。そして脳血管内治療で有名な先生を大学院の恩師に紹介していただいて出会ったのが、虎の門病院の松丸祐司先生(現在はつくば大学付属病院勤務)です。

 初対面で「ワイドショーで見てたよ」と豪快に笑ったその笑顔がとても好印象でした。サードオピニオンで出会った先生だったので病院を替えることにためらいがあったことを話すと、先生は「患者さんが積極的に新しい治療を求めようとするとき、それに耳を傾けてくれない医師ならやめた方がいい」と言ってくださって、「この先生にお任せしよう」と決心がつきました。

 手術はおよそ90分。喉にメスを入れたわけではないので痛みは少なく、数日で回復しました。唯一、つらかったのは術後36時間の絶食でした(笑い)。今、首の右側にはステントが入っています。もう体の一部、人生のお守りです。ほぼ完治と言われ、血液サラサラの薬も飲んでいません。

 脳梗塞では「FAST」(フェース、アーム、スピーチ、タイム)が提唱されています。顔や腕の麻痺、言葉の異変があれば、発生時刻を確認して一刻も早く救急受診すること。それは、強くみなさんにお伝えしたい。ぜひ、覚えておいてください。

▽おおはし・みほ 1978年、兵庫県生まれ。2002年にテレビ東京に入社し、アナウンサーとして、スポーツ、バラエティー、情報番組などで活躍する。12年には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士を取得した。13年に脳梗塞を発症し、約8カ月の休養を経て復職。17年末に同テレビ局を退社、18年からフリーとして始動した。

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