がんと向き合い生きていく

替えがきかない命を紙切れ一枚で決めてしまっていいものだろうか…

佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 肺炎が回復して2カ月後、Kさんはある老人施設に移りました。気管切開した穴も塞がり、平穏な日々が続いています。

 それまではほとんど実家には帰ってこなかった息子と娘でしたが、毎週日曜日には3人で時間を決めて、Kさんに会いに行きます。Kさんには構音障害があり、十分な会話はできませんが、それでも笑顔のKさんを見てみんなホッとしました。

 もう何年も家族4人が揃うことなんてなかったのに、こうして定期的にみんなが集まる。Kさんのいる施設が家族で安心できる、ホッとできる場所になっていることにSさんは気づきました。

「妻の笑顔で家族がこんなに幸せな時間を持てて、家族団らんができている。あの時、生かせてもらって良かった」

 Kさんの意識がまだ戻らなかった頃、Sさんは友人から「終末期の治療についてどうしたいか。本人が元気な時に自身の希望を書いておく事前指示書がある」ことを聞きました。インターネットで調べてみると、確かに終末期医療に関する事前指示書というものがあります。

2 / 4 ページ

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事