天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

なんらかのアレルギーを持っている人は思わぬものに反応するケースがある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 前回に引き続き、アレルギー性疾患を抱えている患者さんの手術についてお話しします。

 花粉症、アトピー性皮膚炎、喘息、食物アレルギーなどのアレルギーがある患者さんを手術する際は細心の注意が必要です。術中にアレルギー反応を起こすと血圧が急激に下がり、血液の循環の維持ができなくなるなどして全身状態の維持に苦労するからです。

 そのため、アレルギーを自覚している患者さんは、事前に医療者側にきちんと伝えておくことが大切です。もっとも、患者さんから「私は○○アレルギーがある」と申告があったとき、まずわれわれは「それが本物のアレルギーなのかどうか」を検査で確認します。かつて治療を受けていたクリニックなどで、「あなたは○○アレルギーだから、この薬が使えない」などと“誤診”されている可能性があるからです。

 患者さんのアレルギーが本物だった場合、まずはそのアレルギーに抵触しないような薬や機材に変更して治療を行います。

 さらに、アレルギー反応を起こしにくくするステロイドを前もって点滴して、それから改めて検査を受けてもらうケースもあります。画像診断を分かりやすくするために使う造影剤に対するアレルギーがある患者さんは少なくないので、たとえば心臓カテーテル治療を受ける場合などはそうしています。

■麻酔薬や滅菌ガスでも発作が起こる

 また、手術の前に「プラズマフェレーシス」という血液を洗浄する治療を行うケースもあります。血液を遠心分離装置にかけるなどして血球成分と血漿成分に分離し、アレルギーを引き起こす物質を含む血漿を除去する治療法です。膠原病の治療でも行われていて、アレルギーを起こしにくくなります。

 近年、なんらかのアレルギー性疾患を抱えている患者さんが増えていて、そういう患者さんは他のアレルギーも引き起こしやすい体質だといえます。花粉アレルギーは「IgE」という免疫グロブリンが多くなることで即時型アレルギー反応を引き起こします。このIgEは花粉症だけでなく、アトピー性皮膚炎、喘息、食物アレルギーなどにも関わっているので、どれかひとつでもアレルギーがある患者さんは他のアレルギーにも注意しなければなりません。

 たとえば、乳製品アレルギーがある人は、「プロポフォール」という麻酔薬でアレルギー反応を起こす場合があります。プロポフォールは水に溶けにくく、脂肪乳化剤を溶媒として製剤しているため、乳製品アレルギーの人に使用するとアレルギー反応が起こるのです。数年前には、大学病院でプロポフォール使用による小児の死亡事故が起こっています。臨床の現場でも、全身麻酔をかけた途端に急に血圧が下がってしまって大慌てすることもあります。乳製品アレルギーと麻酔薬のように、一見、関係なさそうに思える組み合わせが実は大きく関係しているケースは珍しくないのです。

 また、「エチレンオキサイド」という医療器具の滅菌に使用されるガスに対して患者さんがアレルギー反応を起こすこともあります。器具に残留しているガスがアレルギーがある患者さんに“悪さ”をするのです。医療器具はほとんどが滅菌されているため、喘息のある患者さんが術中にそれらに接触しただけで発作を起こし、麻酔の維持に苦労するケースもありました。

 患者さんからしてみれば、自分が麻酔薬や滅菌ガスに対してアレルギーがあることなんて知らないでしょう。ただ、もともとアレルギー体質の人は、なんらかのアレルギーを引き起こしやすい物質に対しても反応する可能性が高いといえます。そのため、アレルギー体質の患者さんに対しては、本人が自覚していない場合でも“アレルギーを起こしやすい物質”を含む薬や機器は使わないようにします。ですから、何かひとつでもアレルギーがある患者さんは、医療者側にきちんと伝えてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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